夕食を食べ終え、私はいつものように一人自室に戻った。

少しだけ重い大きな扉を開くと、無駄に広い部屋が広がっている。

高い天井も、大きな窓も、広いバルコニーも。

自分が欲しいと言った訳ではない。ただ、私は、幼いころからこの部屋が嫌いだった。

一人で居ることが、余計に寂しいと感じるから。



―――あなたと出会う、前までは。





溶け



「・・・なまえ」

ギィ、とゆっくりと開いた扉に目を向ければ、愛しい彼が顔をのぞかせた。

みょうじ家に仕えて3年目の執事、斎藤一。彼は私の2つ年上。

実は、眉目秀麗でスマートな彼と、付き合っている。

それは、この屋敷の誰にも知られてはいけない、禁断の恋、なのだ。

「すまない、旦那様との話が少し長くなってしまってな」

「平気だよ?」

すっかり陽が落ち、真っ暗な外の景色を照らしていたのは、半月。

大きすぎる窓から眺めていたその夜の景色は、ちょっぴり苦手。

私の傍に音も無く歩いてきた彼は、優しく頭を撫でてくれた。

「平気ならば、もう少し平気そうな顔をする事だな」

何でもお見通しの彼に、ほんの少しの反抗。

ぷい、と顔を背けてやった。

けれど、後ろからふわりと抱きしめられれば、彼以外の事なんて、考えられなくなってしまう。


「お嬢様」

二人きりの時は、私を名前で呼んでくれるのだけれど、わざわざ二人で居る時にこう呼ぶ時は、何か企んでいる時。

片膝をついて私の手を取り、

「本日は、如何様にいたしましょうか?」

下から、私を舐めるように見上げた彼の視線に、ぞく、としてしまった。

「べ、別にっ・・・」

私を見つめたまま彼は、そっと手の甲に口づける。

ニヤリと微笑むその表情は、たまらなく艶っぽい。

その瞳に吸い込まれてしまいそうで、私は思わず目を逸らした。

紅くなった顔を彼に見られては、逆効果だという事も最近知ったから。


す、と立ち上がり、優しく私を抱きしめる。

包みこまれた腕の中、愛しい彼の匂いと、温もりに鼓動が速くなる。


どき、どき。


「あんたが、何も決めないのなら、俺が勝手に決めても文句は言わせん」

「へ!?」

耳元でささやかれたその言葉に驚き顔を上げると、優しく・・・否、ずるい顔して笑ってるはじめ。

私を見つめたまま、その綺麗な指で私の髪を梳いて弄んでいる。









告白をしてきたのは、はじめだった。

何の迷いも無く、私の事を愛していると告げたその言葉を信じたいと思ったし、何より私も出会ったときから彼をずっと気にしていた。

この無駄に広い部屋に入って良いと許可したのだって、執事の中でははじめ以外いない。

身の回りのお手伝いをしてくれるメイドさん以外で、しかも男の、雇ったばかりの執事を自分の部屋へ通すなんて、自分でもどうかしてると思ってた。

彼は、私が今まで必死で読んできた本なんか意味がないんじゃないかと言うくらい、色々な話をしてくれたし、教えてくれた。

何度読んでも分からなかった言葉の意味だとか、物語の解釈だとか。世間知らずなこの私に、丁寧に、一つ一つ、伝えてくれた。

すごいすごいと、もっと知りたいと、彼の顔を覗きこんで興奮気味に言ってみれば、変わる事のなかった表情が、一瞬ほぐれたのを私は見逃さなかった。




少し口角が上がっただけなのに、私の心を一瞬で鷲掴みにして離さなかった。




それからは、以前より彼と近づきたいと、一緒に居たいと、

「はじめと一緒に居ると、勉強になるから」

そうお父様にお願いして、はじめを私の専属の執事にして貰った。

メイドさんにお願いするような事も、私の身の回りの世話全てを、彼に任せた。


今までは、限られた時間しか一緒に居られなかった彼と、毎日毎日、ずっと一緒に居る生活が続いた。

読んだ本についてお互いの感想を話し合ったり、部屋のグランドピアノを連弾したり。

ついこの前まで寂しいと思っていたこの部屋に、ずっと彼と一緒に居たいと思ってた。



「なまえ・・・」

ある時彼が、私の名前を呼んだ。

「え?」

「い、いや、何でも・・・」

申し訳なさそうな顔で、なかった事にしようとするから、

「・・・・・・呼んでもらえて、嬉しい」

「・・・そうか」









「なまえ・・・?」

「え、あ・・・ごめん」

心地よい彼の腕の中で、気がついたら想い出に浸っていた。

「何を考えていた?」

「・・・・・・内緒」

そう言ってみれば、じと、と私の事を冷たい目をして睨んでくるから、仕方がないなとため息を一つ。

「・・・・・・はじめのこと、考えてたの」

「俺の?」

「・・・・・・付き合う前の事」

「ああ・・・・・・」

「・・・その時は、こんな人だなんて思わなかった」

「こんな、とは」

「・・・・・・急に優しく笑ったり、かと思えばいじわるしたり。私なんかの事を“愛してる”だなんて」

「子供のように目を輝かせて俺に質問をしてくるあんたは、可愛いと思う」

「子供?」

「気に障ったか?」

「・・・どうせ、はじめから見たら私は子供でしょうね」

「そういうところがな」

「・・・もう!」

「だが・・・・・・」







―――俺を喜ばせてくれるあんたは、十分大人の女だと思うがな。







「も・・・何言って・・・」



「お嬢様。本日は、如何様にいたしましょうか?」


二度目のその台詞。きっともう、逃げられない。



ならばいっそ、あなたに溺れたい。







「好きに、して」







―――かしこまりました、お嬢様。




END



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