「あら、土方さん、また恋文ですか」
綺麗な彼の髪に櫛を通しながら、野暮だと思いつつもその紙を覗きこんでしまう。
「・・・さあ、な」
読んでいた手紙をくしゃりと握り放り投げると、私の方に向き直り
「今は、お前がいい」
そうして、優しく口付けを落としてくる。
「やめてください」
「全然、止めて欲しそうには、見えねえがな」
想い、想う
両親が営んでいる髪結の店で手伝いをしていた私。
買い出しを頼まれ店に戻る途中に、不逞浪士に絡まれていたところを土方さんに助けてもらったのだ。
「大丈夫だったか」と、私を覗きこんだ瞬間、はらりと彼の綺麗な髪が垂れてきた。
「・・・不吉だな」
ぽとりと落ちた、切れてしまった髪紐を拾い上げて彼はため息をついた。
「・・・・・・あの、よろしければ、」
店に案内した土方さんを見て両親が驚いていたのは、私が急に恋仲の相手を連れてきたと思ったかららしい。
「すまねえ。助かった」
先程まで、ずっと怖い顔をしていた土方さんが、急に微笑みかけてくれたその笑顔があまりに美しかったもので。
「と、とんでもございません。こちらこそ、危ないところを助けていただいたのに、これくらいしか出来ずに・・・」
頬が紅潮していくのが、自分でも分かった。彼の視線に捉えられた私は、身動きができなくなってしまったようで、彼に見とれて言葉尻を濁してしまった。
「だったら・・・・・・」
新撰組の屯所へお邪魔するようになって、二か月が過ぎた。
「こんにちは」
「なまえちゃん、また来たの?」
子供たちと遊んでいた彼に、溜め息交じりで迎えられた。
「あら沖田さん、来てはいけなかった?」
「たまには僕の髪も結ってみない?」
「ふふ。土方さんのお許しが出ればいつでも」
「あはは、一生駄目ってことだね」
子供たちに引っ張られながら出て行った沖田さんが、土方さんなら部屋に居るよと教えてくれた。
お礼を言う間もなく、子供たちの賑やかな声と共に姿が見えなくなってしまったので、そのまま一人、迷うことなく私を待つ彼の部屋へと向かった。
「失礼いたします。なまえでございます」
「おう」
すっと障子を開くと、筆を持って机に向かっている土方さん。
「あら、申し訳ありません、お仕事中でした?」
「いや、気にすんな」
「・・・本当?」
あの、出会った日と同じ笑顔をこぼして、「お前を待っている間の、暇つぶしだ」と、筆を置いた。
「相変わらず綺麗な髪」
彼の為にと購入したつげ櫛も、少しずつ艶が出はじめた。
「お前のお陰だろうな」
髪を結う時、彼の表情が見えないのが少しさびしい。
「ふふ、そうだと嬉しいです」
私が彼に呼ばれて屯所に初めて伺った時に、「傍に居ろ」と囁いてくれて。
コクリと頷いた私は、彼の部屋で朝まで過ごし、起きぬけの彼の、髪を結った。
―――けれど、一つだけ困っている事。
「土方さん!っと、悪ぃ、えっと、これ」
ばたばたと廊下を走ってきた藤堂くんが、土方さんに文を渡して慌てて去って行った。
私が居る事を知らなかったのだろう。
「ったく、あいつは・・・」
「どちら様からですか?」
「なんだ、気になるか?」
「・・・・・・別に」
くるりと身体をこちらへ向けて私の名前を呼んだ。
つんとした私とは対照的に、勝ち誇ったように笑う彼の顔は、結構好き。
「お前には、俺だけだろ?」
「・・・本当に、ずるい人」
けれどその顔を見ていては、手が止まってしまうから、また彼の髪をじっと見つめた。
「最後まで、聞けよ」
櫛がぽとりと、畳へ落ちた。
彼に腕をとられ、顔を逸らせないように、顎を掴まれる。
「・・・俺にも、お前だけだ」
優しく重ねた唇が、離れて行くのが惜しくて、思わずそれを追いかけて私も彼を真似て、口づけた。
「土方さんが私を、口説いたんですから。最後まで責任取って下さらないと、困ります」
髪を結うために膝立ちをしていた私を見上げて、頬をするりと撫でると、目を細めて、彼が笑った。
「今度、大きな鏡を買おう。俺の髪を結ってる、お前の顔が見たい」
「・・・私も、お願いしようと思っていました」
終
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