※沖田編/斎藤編とは主人公が異なります。
「・・・ふぁ」
寝起きのあくびを噛み殺しながら、私は自販機のボタンを押した。
「・・・みょうじか?」
「わ、土方先生っ・・・!」
生徒が部屋で休んでいる22時過ぎ。
ちょうど、見回りから戻ってきた土方先生とロビーで鉢合わせた。
わたしの見回り時間はもう少し遅い。先ほど仮眠から目覚めたばかりだ。
・・・というわけで、すっぴんである今、もっとも会いたくなかった相手。
普段学校ではかけないメガネを着用しているものの、それでも顔半分も隠れない。
あくびをしているところも、起き抜けの顔も、なんでよりにもよって土方先生に見られなくてはいけないのだろう。
でも・・・。
なんとも複雑な心境のまま、土方先生がドサりと腰を下ろしたソファの隣に私もお邪魔した。
せっかく訪れた二人きりの時間なのだ。すっぴんのせいで部屋に戻ってしまうのは勿体無い気がする。
「・・・お疲れ様でした。問題なかったですか?」
「ああ」
取り出したタバコに火を点けたその動作に、テーブルの上の灰皿を土方先生の前に差し出した。
「・・・悪い」
「いえ・・・」
先ほど買ったばかりのミネラルウォーターのペットボトル。
火照った顔を冷ますように、土方先生に見えないようぴたりと頬にくっつけた。
秋風、さらわれた心。
話題はやっぱり生徒のこと。
土方先生が手を焼いている沖田君の話だとか、正反対の斎藤君の話だとかを繰り返して、気が付いたら私の見回りの時間が近づいていた。
「・・・最近変わったよな」
「え?」
「斎藤だよ。・・・よく笑うようになった気がするんだが」
できる、できない。失礼ながらそういうので判断しているだけかと思っていた。
だからちゃんと生徒のことを見ているんだって、また一つ、尊敬する部分が増えてしまった。
「・・・ふふ。恋でもしてるんですかね」
「あいつが、かぁ?」
そんなわけはないだろう、という顔をして苦笑いをこぼした。
一度部屋に戻ると言っていた土方先生を見送って、私は生徒たちの部屋の見回りにやってきた。
しんと静かな廊下を歩くのは、なんとなく心細いものがある。
何もないと良いんだけど―――
「・・・あれ?」
深夜、階段に腰掛けて携帯をいじっている女子生徒。
「こーら」
「わ・・・、みょうじ先生っ」
よほど携帯に夢中だったのだろう。私が近づくまで気が付かなかったようだ。
「・・・ダメでしょう、こんな時間に部屋から出ちゃ」
「あの、ご、ごめんなさいっ」
あたふたと、携帯を隠した彼女のその顔は、赤く染まっている。
「理由を話してもらわないと。・・・一応報告しないといけないから」
「・・・・・・め、メールをしたかっただけです」
「なんでわざわざここで?部屋ですればいいじゃない」
「・・・み、みんなにからかわれるから」
彼女のその様子から察するに。
まあ、高校生が修学旅行で寝る前にする話なんぞ決まっている。
「が、学校だと・・・授業中にも会えるけど、修学旅行は班行動だから・・・あんまり話す機会なくて、それで」
・・・同じクラスの男子か。
「ねえ、当ててあげようか」
「は・・・・・・」
土方先生が変わったって言っていた彼のこと。
実は私も思っていたけど、それは斎藤君だけではなくて、この子もだ。
「・・・・・・斎、」
「せっ・・・・・・!先生っ!しーっ!!!」
彼女のリアクションが可愛くて、思わず笑ってしまった。
「ふーん、そうかそうか」
「〜〜〜っ」
「だけど・・・いくら好きでも、部屋から抜け出すのはダメだよ?ちゃんと戻りなさいね」
「すみませんでした・・・」
しゅん、と肩を落とした彼女に、罪悪感が浮かんでしまうのは私も彼女の気持ちがわかるからだ。
「・・・ほら、早くメールしちゃいなさい。お腹下して部屋のトイレ使いたくなかったってことにしておいてあげるから」
「え゛・・・」
「・・・・・・土方先生と、ですかっ!?」
翌日。自由行動のルートを一緒に見回る予定だった先生が、ひどい靴擦れで歩くのが困難だとギリギリで告げられた。
そんなことってあるかなあ・・・ていうか、確かに新しそうな靴履いてきてると思ったけど。
そんなわけで元々一人で見回る予定だった土方先生と組むことになり、着飾った新人先生にあとでお礼を言っておかなくてはなんて心の中でガッツポーズ。
・・・しかし、昨日といい、土方先生とこんなに二人になれる時間が来るとは思っていなかった。
なにこれどうしたらいいの。一生分のわたしの運を使い果たしていやしないかと心配になる。
「おい、聞いてんのか?」
「え、あ!はいっ!」
あわてて、土方先生の背中を追いかけた。
隣に並んで歩くだけなのに。
いつもどうしていたっけ、と、距離感がわからなくなってる。
だってここは、学校じゃない。歩きなれた廊下じゃない。
知らない街の知らない景色、知らない道。
何もかもが日常と違いすぎて、夢でも見ているんじゃないかってさえ思う。
むしろこれが夢なら覚めないで欲しいと、一生このまま、私は眠っていたって良いと―――
「みょうじっ」
「・・・っ!?」
「ったく、危ねぇな・・・」
「す、すみません!」
横断歩道、ぼんやりとしていた私は赤信号で渡りそうになった。
わたしの肩を抱き寄せるように引き止めてくれた土方先生が、やれやれとため息をこぼした。
「・・・顔赤いが、熱でもあんのか?」
「はっ・・・!?や、あの、ないですないですっ!平気ですって・・・、」
さっき触れられた肩が、熱い。
けれどどうしたって、二人でこうして歩いていると、デートしてるみたいだと勘違いせざるを得ない。
・・・今だけで、ほんの少しで良いから。
勘違い、させて。
「少し休憩するか」
そう言って土方先生が足を止めたのは、小ぢんまりとしたコーヒーショップだった。
外のベンチに置いてある灰皿が視界に入ったからだろうか。
「・・・今更かもしれねぇが、タバコ平気か?」
「は、はいっ・・・全然、」
吐き出した煙は、私とは反対方向、きちんと風下を選んで座ってくれているのも喫煙者故の無意識なんだろうか。
そうか、ともう一度タバコを咥えた。
私はそっと、コーヒーのカップを両手で包み込んだ。
「・・・見回りももちろんわかっちゃいるが、窮屈でしょうがねぇよな」
「まあでも、授業の一環ですから、生徒だって―――」
「お前は?」
「は・・・」
「生徒の監視役、疲れねぇか?」
「そりゃあ・・・・・・でも、仕事ですし・・・ね」
乾いた風が、二人の間をすり抜けていく。
知らないこの街でも、私の知ってる秋の匂いがする。
「・・・お前のそういう真面目なところは嫌いじゃねぇが」
「・・・?」
「休憩してる時くらい、肩の力抜いたって誰も怒らねぇよ」
無意識に伸ばしていた背中に気づいて、土方先生に言われたとおり背もたれに体を預けた瞬間。
私を包み込むようにベンチの背もたれから回された彼の腕に。
「・・・あの、」
「・・・なんだ?」
「せ・・・生徒に見られたら―――」
だってこんなの、遠目から見たら私の肩を抱き寄せているようにしか見えないはずだ。
私なんかと変な噂が立ってしまっては、土方先生だって困るに決まっているだろう。
「ったく。何のために自由行動のコースから外れたと思ってやがる」
「・・・・・・は・・・えっ!?」
「危なっかしくて、目が離せねぇよ。・・・・・・昨日だって、化粧もしねぇで歩き回りやがって」
「・・・は?き、気づいてたんですか!?」
メガネでなんとか誤魔化せたかなと、ほんの少しだけ言い聞かせていた。
目を合わせたらバレてしまうと、ずっと逸らしていたのに。
なんだ、土方先生は私のこと、ちゃんと見ていてくれたんだ―――。
「勤務中じゃなかったら、とっくにお前のこと攫っちまうところだったんだがな?」
口の端を上げて、含み笑いをした彼に、私は。
「・・・・・・あの、」
「なんだよ」
もう一本。
タバコを咥えた彼の唇を見つめて、私は喉を鳴らした。
火の点いたそれを、吸い込んで、吐き出したその煙が、秋の風に消される前に。
「私・・・土方先生になら・・・・・・攫われ、たい、です・・・」
―――馬鹿野郎。
そう怒鳴られる覚悟なら、ずっと前から出来ている。
END
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