沖田くんが誕生日プレゼントにとくれた、斎藤君の笑顔の写真を、部屋の引き出しに大事にしまっている。
さすがに、家族がいつ入ってくるかもわからない場所に堂々と飾る訳にはいかない。・・・そもそも、そんなの恥ずかしくてできないけど。
昨日はごめんね、と言って私にペラリと写真を一枚手渡した沖田くんは、メールでも良かったんだけどせっかくだから、とわざわざプリントしてくれたらしい。
メールで良いのに、と呟けば、いつものあの意地悪な笑顔が降ってきた。
「いつでも持ち歩けるから?」
「ちっ・・・違!」
「あはは!真っ赤!」
夏の夜、重なる鼓動。
終業式、教室では夏休みの間の予定を組んでいる友達の姿だったり、呼び出されて出ていくクラスメイトの姿。
普通なら学校が休みで喜ぶところなのだけれど、夏休みに入ってしまえばしばらく斎藤君に会えなくなってしまう。
「なまえ!」
「・・・平助君」
「なあ、夏休みみんなでどっか行こうぜ!」
「・・・みんなって、・・・どこに?」
「何だよそのリアクション、一君とそっくりなんだけど」
「・・・え?」
「とりあえずどこに行くのかはあれだ、後々決めるとして!俺と総司と一君と、なまえ。なっ、行こうぜ!」
満面の笑顔を向けた平助君。だって彼は何も知らない。
私の気持ちが沖田くんにバレてしまってから、頻繁にからからかわれている身としては、ほんの少しだけ―――
「みょうじ、都合がつかぬか」
「・・・は・・・さ、斎藤君。あの、」
「1日くらいなんとかなるだろー?な、みんなで日程調整してさ!」
平助君は完全に行く気満々だ。
もちろん私だって、一緒に行きたい、けど・・・。
平助君の隣にやってきた斎藤君をちらりと見上げるが、恥ずかしくてすぐに、平助君に視線を戻してしまう。
出来れば二人きりが良いなんて、そんなの・・・ダメだ、そもそも自信がない。
ただでさえこんなに緊張してしまうのに、二人きりとか絶対に心臓が破裂してしまう。
それならまだ、例えからかわれても、二人が一緒に居てくれた方が良いか・・・。
「・・・うん、行きたい」
「よし決まりだな!行きたいところあるか?海?山?」
私の机に両手をついて、嬉しそうな顔を浮かべた平助君。
「・・・・・・えっと・・・は、花火・・・?」
「花・・・それって、どっちだ・・・?」
「まさかあんたがあのような答えを言うと思わなかった」
「さ、斎藤君、いい加減忘れてってば・・・」
海でもなく山でもない。
待ち合わせ場所に早々に到着してしまった私の次にやってきたのは、まさかの・・・というか、少し考えたらわかるだろう。
遅刻とは縁遠い斎藤君がきっちり10分前にやってきた。
思い出してふっと微笑んだその表情に、私は慌てて目をそらす。
心臓が、持たない。
「お待たせーーー!って、なんだよなまえ、浴衣じゃねぇの!?」
「じ、自分だってTシャツじゃない!」
「こういう時女の子は浴衣って決まってるでしょ」
「お、沖田くんまでっ・・・!」
「ねぇ、一君も見たかったよね?なまえちゃんの浴衣」
「ちょっ・・・!」
やっぱりだ、わざとらしくこういうこと言うって最初からわかってたから事前にやめてねってメールしておいたのに・・・。沖田くんの場合は逆効果か。
なんだかんだ、結局斎藤君がどう思っているかは気になるわけで、私は彼の言葉を待った。
「ああ・・・きっと、似合うだろうな」
「・・・〜〜っ」
「え!?なんで僕を叩くわけ!?」
この興奮した思いのやり場がなくて、思わず沖田君の背中を叩いてしまった。
その微笑みの破壊力・・・ずるいんですけど。
「・・・ごめん」
やれやれ、とため息をつきながら、歩き出した。
その背中を追いかけるように、私たちもあとに続く。
気が付けば、平助君と沖田くんが並んで前を歩いていた。
私の隣には斎藤君。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
いつも何を話していたんだっけ。
こういう時に限って何も出てこない、頭の中は真っ白。
それこそ、テストの時よりも絶体絶命だと思う。
どうしよう、いつもは―――。
「花火が好きなのか」
「えっ・・・?」
人ごみにかき消されてしまいそうな声に、私は必死で耳を傾けた。
まさか斎藤君から話しかけてくれると思わなくて、びっくりした・・・。
「真っ先に花火が良いと言っていた故、毎年見に来ているのかと」
「・・・えっと、逆かな。行ったことなかったから」
「そうか」
「さ、斎藤君は?他に行きたいところなかった?なんか結局みんなを付き合わせちゃって・・・」
「・・・・・・」
急にポケットから携帯を取り出した斎藤君。
なんだ、私と話すのなんて、つまらなかったかな。
そうだよね。やっぱり―――
「本当は、」
差し出された画面に表示されたその文字を、目で追った。
・・・“お祭り”・・・?
「平助からの誘いがなければ、その・・・あんたを・・・・・、」
開催は2週間後、うちの近所だ。
「斎藤・・・君?」
「あんたと一緒に、」
気が付けば、前の二人が立ち止まり、このあたりで良いかなと、私たちに聞いてきた。
うん、いいと思う!とあわてて返事をしたのは、斎藤君が隠すように携帯をしまったからだ。
大きな重たい音を響かせながら、真夏の夜空に舞い散る花びら。
なんて綺麗なんだろうと、私は夢中で空を見上げていた。
生ぬるい夏の風が、汗ばんだ私の肌にまとわりつく。
気持ちわるいなあ、と、なんとなく腕をさらりと撫でた瞬間だった。
隣の斎藤君の腕に触れてしまって。
「っ、ご・・・ごめ、」
その横顔は空を見上げたまま。
一瞬だけ瞳が、私を映した。
・・・・・・っ!
「・・・問題ない」
花火の音でかき消されそうなその声も、しっかりと私の耳に届いた。
嘘、何これ、ちょっと、待って―――
お互い、汗ばんでいた手のひらが重なった。
本当は、手汗をぬぐって繋ぎ直したかったけれど。
せっかく重なったこの手を、離す事はしたくなくて。
だけど。
だから。
あなたも、同じ気持ちですか―――
花火の打ち上げられた大きな音に驚いたふりをして、強く握った。
強く、強く。
離れないように。ぎゅっと。
冬編へ続く。
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