「土方さん、自分家の住所くらい言えますよね?」

「あ゛ぁ!?」

「はい、オッケーってことで!じゃすみません、運転手さん、おねがいします」


バタン



「・・・・・・あの人、明日も仕事だよな」

「まあそうだろうな」

「大人なんだ、大丈夫だろ」

「あーもう、二度と飲ませないでよね」


(((・・・お前だろ)))




episode5 "陽の照りながら雨の降る"



長い長い、3日が終わった。

太陽が、低い位置まで降りて来たのではと思うほどに毎日毎日照りつけられてすっかり焼け・・・いや、焦げてしまった肌。

日焼け止めなど全く意味をなさなかった。塗り直す暇すらなく、かいた汗できっといつの間にか全部落ちてしまったのだろう。

Tシャツの袖をちらりとめくり、はあ、とひとつため息をついた。



「みょうじさん、本当に良いんすか?」

運転席の窓を開けて、荷物をかついだ私に後輩君が声を掛けてきた。

「うん、ありがとね!別にあんたの運転に文句があるわけじゃないんだけどさ」

「まあ、俺は止めないっすけど・・・」

「あはは、薄情〜。いいんだ、ちょっと寄りたいところあるし」

会場から近い最寄りの駅まで送ってもらったところ。

「・・・あー、彼氏、っすか?」

「・・・・・・おつかれ」



いいでしょ?別に、否定しなくたって。正直私は、そうなりたいって思ってるんだもん。


待ってる、と言ったあの人のもとへ。

それを覚えていることすら分からないけれど。

そんな事、言ったか?なんて、とぼけられても、良い。


この3日、あなたの言葉を確かめたくて仕方無かった。

電話の1本くらいくれるかな、なんて期待して待っていたのに。

ちゃんと家に帰れたのかなとか、仕事に支障なかったのかなとか。

ふとした瞬間に浮かんでしまう。

ねえ、私、あなたの事が好きでたまらないみたい。

そう言ったら、笑う?・・・・・・何も言わずに、抱きしめてくれたら、いいな。



幸いにも空いていた新幹線。

窓際の席を選んだ私は、頬杖をついて窓に写る自分とにらめっこ。

夕焼けの空が私の顔も、赤く染める。

・・・あと、2時間くらいかな?あなたがいる、その場所まで。

通り過ぎた景色なんて、何一つ覚えていない。



確実に、そのオフィス街に不釣り合いな大荷物を担いでいる私。

「・・・やっぱ荷物だけでも車に積んでおけばよかった」

日が落ちても、まだまだ熱い8月の夜。じわ、と浮かんだ汗が不快でしょうがない。

エントランスをくぐると、別世界のように涼しいその空間に、こんなに真黒に焼けた私は不釣り合いだと思いながらも、そんなこと関係無いとエレベーターのボタンを押した。





「失礼します・・・」

入口の扉をそっと開くと、終業間近の少しだけ浮かれた空気。

目の前のデスクには、いつも電話に出てくれる女の子。時々私のイベントにも来てくれる。

「・・・あれ、みょうじさん?やだ、真黒・・・あ、ごめんなさい!」

「あはは、いいよ、本当の事だもん。・・・ね、土方さんって居るかな?」

「たぶん、居る・・・ますね!ひじ・・・」

「わああ、いい、いいよ!自分で行くから!ありがと。じゃ」

おつかれさま、と後ろで聞こえた彼女の声にぺこりとして、後ろ姿の彼のもとへと歩みを進める。




ドキ、ドキ、ドキ。




―――待ってる、からな。



あの時の、電話口の土方さんの声が離れない。

この3日間、ずっとだ。

どうしてだろう。3日間連絡を取らないことなんてしょっちゅうあるのに。

こんなに会いたいなんて、思った事無かった。

離れていた距離なのか、私の想いが強くなっているせいなのか、分からないけれど。

ゆっくりと、土方さんのデスクへ近づいた。



「・・・・・・お待たせしました」



私の方を振り向くあなたのスローモーション。

ああ、やっぱり。

するだろうなって思ってた、驚いた顔。



「あはは、は・・・なんちゃって」



私の、わざとらしい笑いを停止させたのは、土方さんの優しい笑顔。




「・・・遅ぇよ」




担いでいた荷物が、音を立てて床に転がった。

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