―――どこにも、行くな・・・・・・


そう電話口から聞こえた台詞に、ドキドキとしない訳がない。



episode4 "玻璃の花"



飲みに誘われた時、誘ってくるくらいだから強いんだろうなって思ってた。

「ええっ!?飲めないんですかっ!?」

飲み物のメニューを開きながら、とりあえずビールですかね、と言った私を制した彼に驚いた。

「声がでけぇ」

隣り合って座ったカウンター席。土方さんは、座るや否や、タバコを燻らせた。

まだまだ、“取引相手”という関係でいた私たちはちょっぴりよそよそしくて、ぎこちなかったのを覚えてる。

「じゃあ、打ち上げでウーロンハイだって言い張ってたあれ、もしかしてただのウーロン茶・・・」

「・・・・・・だったら何だ」

ちょっとだけ恥ずかしそうにそっぽを向いた彼に、正直きゅんとした。

いつもいつも、バリバリ仕事をこなしている土方さんの意外な一面を私だけが知った気がして嬉しかったんだ。





『あっははははは!!』

『総司、洒落になんねえって・・・ひ、土方さん、大丈夫か!?』

『すまんが誰か水を』

『俺タクシー拾ってくるわ』

『・・・・・・う、るせーな』

電話の向こうで繰り広げられているコントのような出来事に、その様子が想像できて思わず笑ってしまった。

『みょうじ・・・』

「は、はいっ」

『待ってる、からな』

「ええっ!?」

『・・・・・・もしもーし、みょうじさん?沖田です』

「あ、お疲れ様です・・・じゃなくって!!大丈夫・・・?」

『巻き込んじゃったみたいですみません。でも別に僕らが電話掛けさせた訳じゃないので、そこは土方さんに怒って下さい』

「え・・・あ、ああ、これくらい別に」

『・・・・・・みょうじさんって土方さんの事、好き、ですよね?』

『総司、手を貸せ!』

『もう、なんで僕が・・・あ、またライブ来て下さいね?それじゃあ』

一方的に話されて、一方的に電話を切られた。




―――土方さんの事、好き、ですよね?




沖田くんは、鋭いな。

やっぱり、歌詞書いてるくらいだから、観察力も優れているみたい。

無意識にいろんなものが目に入るのだろう。

人の顔色を読むのも上手そうだし。・・・・・・これからきっと必要になってくる事だろうけど。



でも、私の気持ちを知られていたら、仕事がし辛くなってしまうのではないかと、少し心配になる。

携帯を鞄の中に放って、また窓の外に目をやった。

真夜中の高速。変化の無い景色。



―――そうだよ、大好きだよ。



「はあ」

無意識に落としたため息が、運転中の後輩君にも聞こえたみたい。

バックミラー越しに、ニヤリと笑われた。

「何よ」

「いいえ、何でも?」

「もうっ・・・」

また私の事馬鹿にしてるんだ。恋する乙女の何が悪い。

しょうがないじゃない。好きなんだもん。

待ってる、って言われても。

私はこれから仕事だし。

3日泊まりだし。

そりゃ、会いたいけど、仕事放って好きな人に会いに行くなんて無責任な事出来ない。

私から仕事取ったら何も無くなっちゃう。

・・・・・・土方さんが責任とってくれるって言うなら、話しは別・・・だけど。



―――私、何考えてるんだろう。



いい加減寝なくては明日の仕事に響いてしまう。

シートを倒すと、無理やりに目を閉じた。






「土方さんって、彼女いないんですか?」

「・・・・・・居たらお前を飲みになんて誘うかよ」

「ふーん?」

意外だった。土方さんが仕事に打ち込めるのは、支えてくれる誰かが居るからだって思ってたから。

でも、逆に何もないからこそ、仕事に打ち込むしかないのかな?

「お前も、彼氏居いねえだろ?」

「失礼ですね!当たり前のような言い方してくれちゃって!まあ、いないですけど!良いんです、仕事が恋人なんで」

そう言ったら、土方さんが声を上げて笑ってた。

「じゃあ、毎日一緒に居られて、幸せだな?」

「・・・・・・幸せ、どんなだったか忘れました」

「は」

「ねえ、土方さん?幸せって、どんなです?」

もう、前の彼氏と別れてから何年、数えるのすら億劫なくらい経っていた。

酔っ払った私の質問にも、彼は真面目に答えてくれる。

立ち上る煙に目を落としながら、口を開いた。

「こうして、隣に誰かが居て、一緒に笑いあえるって、それだけで良いんじゃねえか?」

「・・・・・・だったら、私今幸せですね!」

そう笑って、お酒のおかわりを注文した私の頭を軽く小突いて、土方さんは苦笑いを落としながら、何か言ってた・・・・・・。







―――みょうじさん!着きましたよ!


「ん・・・・・・?」

遠くから聞こえた声に、覚醒する私の意識。

夢見てた。寝る前に声聞いちゃったからかな。

「お疲れー!運転ありがとう!」

車を降りて凝り固まった全身をほぐしながら後輩君にそう言うと。

「良い夢、見れました?」

「え?」

「なんか、怖いくらいニヤニヤして寝てたんで・・・・・・ってぇ」

「あんたは、失礼!!!!!」

ばしっと、思いっきり肩を叩いてやった。

頭じゃないだけ、有り難く思って欲しい。



良い夢・・・懐かしい夢だったかな。

二人で飲みに行ったのは、あの一度きりだから。







―――俺も、幸せだ。

prev next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -