自分で引き受けた仕事は、とにかく完璧にやりたい性格である。

幸い、あれから割とスムーズに話が進んだ。

日程が決まり、土方さんの言った「動員100人」を信じて、最近別口から紹介されていたド新人君に声を掛けてみれば二つ返事で決定。

それから、永倉さんのつてで、あいていた一枠も埋まった。

それぞれの音源だけ聞けば、なかなか面白いイベントになりそうだと正直私はわくわくしていた。

ウチの来月の告知フライヤーにちょっと大きめに載せておこう。



episode2 "ジュゴンの見える丘"



8月に入り、土方さんに誘われていたイベントに顔を出しに行った先は、初めてのライブハウス。

「うわっ!?」

入った途端、あまりの人の多さに驚いた。

こんな小さそうなライブハウスなのに、何これ・・・。

既に開演しているが、ちょうどセットチェンジらしく、場内はざわざわとしていた。

彼らはトリだと言っていたから、時間的にその前のバンドだろう。

人の合間を縫って、どうにか会場奥へとたどり着けば、

「みょうじ?」

薄暗い場内、聴きなれた声に目を凝らすと、やっぱり土方さん。

「あ、お疲れ様です。今日はありがとうございます」

ペコリと頭を下げると、調子が狂うから止めろと怒られた。

・・・・・・なによ、自分勝手。

「そんな事より土方さん、とりあえずタイムテーブル作ったんで渡しておきますね。

メンバー君達の4枚と、土方さんの分。一応さっきメールもしておいたんですけど、早い方が良いでしょう?」

「すまねぇな」

「リハ適当に組んだんで無理そうだったら言ってくださいね」

「いや、良い。お前に任せておけば間違いねえからな」



またそうやって、嬉しい言葉を吐くんだこの人は。



「あれ、土方さん、彼女ですか?」

押し黙っていた私の後ろから、聞いた事ある声が聞こえた。

振り向いてみれば、写真でみたボーカル君。

ああ、そうか、歌声を聞いた事あったから違和感がなかったのか。

それにしても、周りの女子の視線がすっごい私に刺さっているんだけど・・・これは何事かな・・・。

土方さんはボーカル君のセリフに一切リアクションせず私を紹介してくれた。

「今度お前らの企画を担当してくれるイベンターのみょうじだ」

「はじめまして。みょうじなまえです」

「沖田総司って言います。この度はうちのマネージャーの無茶なお願いを聞いてくださってありがとうございます」

丁寧にお辞儀をしてくれた彼のセリフがおかしくて思わず吹き出してしまった。

「沖田!てめぇ!」

「あはは、嫌だなあ、本当の事じゃないですか。だって僕らでさえ急に言われて驚いたのに。で?否定しないって事は彼女なんでしょ?」

深いため息をついて頭を抱えた土方さん。スカウトしてからそんなに経っていないだろうに、何とも良いコンビネーション。

いくら良いバンドでも人間的に難ありだったらどうしようと思ったけど、その心配はなさそうだ。

「あ、土方さん、他のメンバー君たちにも挨拶させてもらえますか?」

「あ、ああそうだな」

会場も狭けりゃ楽屋も相当狭い。

他の出演者の荷物やらで足の踏み場もない。

「やっぱりトイレお客さんと共用だったよ」

「うわあまじかあ、行きたいけどこの人の多さ・・・総司、よく戻ってこられたな」

「漏らす前に行っておけ平助」

「いや漏らさねえし!」

「お前ら、ちょっといいか!」

少しだけ声を張った土方さん。彼の隣に居た私にも、自然と視線が集まる。

・・・・・・やっぱり、噂通りイケメンだ。

「・・・原田はどうした?」

「ああ、さっきホールでファンの子と話してたの見かけましたよ」

沖田くんの言葉に、本日二度目の深いため息をついた土方さん。

みんなの個性が強すぎてまとめるの大変そうだな・・・。

「出番直前に何やってんだあいつは・・・。まあいい、とりあえずお前らだけに紹介しておく。今度の企画を担当してくれているイベンターのみょうじだ」

「よろしくお願いします」

「土方さんの彼女です」

「ま、まじでっ!?こんなに可愛いのに!?」

突っ込みどころ満載過ぎて、面白いですね、と土方さんに目を向けてみればちょっとだけ顔をひきつらせている。

ああ、これはいけないパターンのやつだ!

彼が切れる前にこの場を収めて退散しなければと、私は慌てて鞄の中からCDを取り出した。

「あ、あのっ、これ、対バンしてくれるバンドの音源っ!!みんな聞いておいてね!

あと、一緒にスケジュールも挟んでおいたから、もしよかったら挨拶がてらライブ行ってみて!じゃっ!ライブ頑張ってね!」

そうして楽屋を去ろうとした私の腕をがっちりとつかんだのは、もちろん土方さん。

「・・・・・・」

ギィィと変な音がしそうな程ぎこちなく振り返った私に。



「何から何まで、すまねぇ・・・」



耳触りだった周りの雑音が、一瞬で消えた気がした。

言われた台詞?

違う。

さっきまであんなにイライラとしていた彼が、急に優しい顔で、困ったように笑うから、ドキドキした。

そんな笑顔、初めて見た。

タイムテーブルを作ってきたのも、メンバー君達の為に音源を焼いてきたのも。全てはあなたに喜んで、褒めて欲しいから。

こんなに気を利かせられるようになったのは、どうしたらあなたが喜んでくれるかなって、考えた結果だって知らないでしょう?



「みょうじ、今日もしよかったら、打ち上げ顔出せ」


もしよかったらって言ってるのに、結局命令形なんだ。

「・・・・・・すみません、せっかくなんですけど今日夜中からフェスの会場向かわなきゃいけないんです。車移動なもんであんまり時間が無いんですよね」

「そうか・・・そうだな。今週末だったか」

「は、はい・・・」

「そんな忙しい時期に、悪かったな」

「い、いえ」

「今度、また時間があったら――――」





―――え?





空気の読めない、セッティングを終えたバンドが演奏を始めた轟音で、彼の声はかき消された。

口の動きを読み取るなんてそんな読唇術みたいな事出来ない。

ねえ、何て言ったの?

何でも無いと、顔の前で手を振った彼に、早く行けと背中を押された。

そう言われては仕方がないと、私は楽屋を後にしようと扉に手を掛けた。

途端。

強い力で肩を掴まれ、何事だろうと思う事すら出来ぬ間に。



――――。


轟音に負けないように、耳元で彼が叫んだ。


なんで?

どうして今、そう言う事言うの?

恥ずかしくなった私は、さっきの土方さんみたいに顔の前で手を振ってみせる。

後ろに居るメンバー君達の視線が痛くって、急いで楽屋を後にした。









―――ありがとな。



あなたから、初めて“ありがとう”を貰った。

いつも、すまねえとか、悪いなとか、そればっかりなのに。



やっぱりあなたは、ずるいと思う。

一回聞いたら、また欲しくなる。

あなたのありがとうを引き出すために、私は、がむしゃらに頑張ってしまうんだ。

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