episode1 "君がいれば"



『みょうじ?断るんじゃねえぞ?』

「はあ!?何その傲慢な態度!い・や!」

『まず話を聞いてからにしろ』

「じゃあ、土方さんも先に説明からお願いしますね!私忙しいんですけど!今夏真っ盛りなのご存知ですか?」

電話がかかってきたのは、仕事用ではなく、プライベート用の携帯。

電話口で興奮気味に拒否した私に、彼は自信満々に言い放った。

『こないだスカウトしたバンドが居るんだが、そいつらに企画やらせたくてな。

正直、俺には新人がやれるライブハウスにコネもねぇ。対バンできる仲良いバンドも居ないくらい新人だ。だが、動員は100は硬い』

「・・・・・・で?」

『今ので察しろ』

「無理!そんな新人君に構っているほど私暇じゃないの!夏ですよ!?フェス迫ってて大変なんだから!!!」

『なんだてめぇ、人がせっかく良い話持ってきてやってんのに!』

「はあ!?どこが!?もう、しょうがないな、じゃあ新人君の相手は新人君にまかせましょ。最近うちにも入ってきた子が居るんだけどその子にやってもら・・・」



『みょうじ、俺はお前に頼みたいんだ』



時々、彼はこうしてずるいセリフを吐く。

高鳴った胸を少し押さえながらやっぱり私はいつもみたいに頷いてしまうんだ。

「・・・わかりました」

『すまねえ、助かる』

どうしてこう、私は彼に甘いんだろう。

彼の事務所にはよくお世話になっていて、しかも割と大きなホールでのライブもいくつも成功させてきたという実績だってある。

もちろん、それを組み立てたのは私だし、一緒に頑張っているっていう実感と、やり遂げた達成感だって分かち合ってきた。

いつもいつも無茶な注文を付けてくる土方さんに、まだ新人だった私が素直に従っていた4年前と今は違う。

だけど、彼にどうしてもと言われると、やっぱり私が先に折れるんだ。

こうして今みたいに言い合える関係になったのは1年前くらい。彼と二人で飲みに行ってから。

ちなみに、好きだと思ったのもその時。

だって別に意図してないのに彼は私を口説いてるみたいな台詞を吐いてくるんだもん。

さっきみたいに。

彼と言い合うようになったのは、そうでもしないと心臓が口から飛び出そうだから。

ドキドキして真っ赤になった顔を、血圧のせいにしたいから。

もう少し女の子らしくしたいとも思うけど、そんなの今更だし。






『で、だ。早速相談なんだが・・・』






―――は?



「さっ・・・・・・先に言えーーーーー!!!」






社内の注目を浴びながら立ちあがって電話口の向こうに居る土方さんを怒鳴りつける。

「あのねぇ!あんたイベンターをなめてんの!?」

『さっきお前は分かった、と言ったな』

「っ・・・・・・」

電話の向こうでニヤリと笑っている顔が想像できる。

頭を抱えて立ち尽くした私。でも、そんな大事な事、先に言ってくれないと困る。

「・・・もう、ほんっとにあんたって人は・・・策士。傲慢。狡猾。鬼」

『おお、何とでも言え。じゃあ頼んだからな。一通り資料はメールで送っておく。・・・期待してる』

「え!?ちょっと、まっ・・・」




ツーッツーッツーッ・・・




「切りやがった・・・あいつっ」





―――2カ月後だ。




本当に、鬼だと思う。

せめて最悪、3カ月は猶予が欲しい。まだその新人君達だけしか決まっていないって事でしょ。対バン?音資料を貰ってからでないと決められない。

ていうか、会場も日程も真っ白。2ヵ月後に企画ですって!?馬鹿じゃないの!?

頭を抱えて机に突っ伏した私に、隣の同僚が意地悪く「ご愁傷様」と告げる。

ああ、本当。今の私にぴったり。

でも、山のようにつきたい悪態は、彼の一言で一掃されるんだ。




―――期待してる。



「・・・ばか」

一つため息をついて、パソコンに目をやると既に土方さんからメールが届いていた。


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subject:資料諸々

from:Toshizo Hijikata

一通り送る、目を通しておいてくれ。

・プロフィール
・セッティング
・音資料

8月にライブハウス企画のイベントに出る、時間があれば来て欲しい。
別途詳細はメールする。

頼むな、みょうじ。

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「・・・・・・さっすが、仕事早いわ」

添付された音資料をダウンロードして早速聞いてみると、土方さんがこんなに必死になる理由も分かる気がする。

荒削りなんだけど、でもバランスが最高に良い。アレンジも完璧。

ライブで見てみたいって、ちょっとゾクっとした。

プロフィールを見たけど、全員なかなかのイケメン君。

「ああ、売れそう・・・よく見つけてきたな、土方さん」

無茶ぶりされた2カ月後に笑えるように、頑張ろうって、思った。

そして、デスクの受話器を取って、お世話になってるライブハウスに電話をかける。

どうか、あいていてくれますように。




「あ、永倉さんっ?お世話になります、みょうじです!」

『おお、なまえちゃんか?』

「すみません、実は相談が・・・・・・」


ライブハウスの企画で埋めようと思っていた日取りを貰える事になった。

しかもなんと金曜日。とりあえず永倉さんにも今土方さんから貰った音資料を転送した。合いそうなバンドが居たら声を掛けてくれるって。

ああ、なんて幸運っ!私に運があるのか、新人君に運があるのかは分からないけれど。

貰った日程を早速土方さんに連絡すると「さすがだな、とりあえずホームページで告知しておく」と言ってすぐに電話は切れた。





私がこんなに頑張れるのは、彼に褒めてもらいたいから。

一緒に頑張っているっていう、事実が欲しいから。

仕事一筋のあなたには、分からないよね―――

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