「っ、わーーー!?」

「みょうじ?」

「信じらんない・・・あの人数の・・・えっと、いくらだったんだろう、それすら覚えてない・・・あああ私のバカっ」

朝まで打ち上げに参加して酔っ払った私は、領収書をもらうのを忘れていた・・・らしい。



episode14 "夢見鳥"



ランチ時にお財布を広げて思い出したのだ。

あれ、そういえばと。

レジに行ったのは覚えてる。でも支払ったときのことは一切覚えていないし、レシートも無い。

「・・・・・・最悪だぁ・・・」

がっくりとうなだれた私の隣で、同僚が嬉しそうな顔で“ドンマイ!”って笑ってるのに怒る気力もなかった。


土方さんのわけのわからない素振りに少しだけイラっとしてしまって、そのまま席に戻り暴飲暴食。

彼は彼で、他のバンドメンバーと喋ったり楽しそうにしていた。

・・・・・・ちょっとだけ妬いたのは、永倉さんが声をかけてくれたバンドのスタッフの女の子が土方さんに言い寄っていたのを見たとき。



―――なーにが、“最初見たとき、メンバーさんかと思いましたぁ(はーと)”だっ!



「みょうじ・・・お前そんなに食うの?」

「何か問題でも!?」

がつがつ、と目の前の唐揚げ定食(ごはん大盛り)を頬張る。

今日も今日で、別のイベントの手伝いがあるのだ。しっかり食べて体力をつけないと。

といいつつも、・・・やけ食いにも程があるのは分かってる。いつも食べ終わったあとに後悔するのだ。

だって、結局帰り際のことを一切覚えていない私は、いろいろ不満で仕方がないんだもん。

「・・・・・・ちゃんと言ってくんなきゃ、わかんないし」

この唐揚げのお供がビールだったら最高なのになと考えながら、テーブルの上に置いていた携帯のディスプレイが光っているのに気づいて目をやった。

「・・・・・・っ」

なんでだろうね。

いっつも私が思いすぎているからなのか、彼のタイミングが良いのか。

土方さんのことを思っていると、彼から連絡が来る。・・・メールだ。

それでもすぐに携帯を開くのがなんだかためらわれて、御飯を食べ終わるまで我慢した。

だって、いかにも“待ってました!”って感じがして・・・別に近くに土方さんが居る訳じゃないけどさ。



「・・・はー、お腹いっぱい〜」

「お前また、リハ中に立ちながら寝るのとかやめろよ」

「・・・・・・・・・先に謝るわ」

「おい」

支払いをしている同僚の後ろで携帯を開く。

ああもう、何でこんなドキドキするんだろう。





“忘れ物、届けに行く”





「・・・・・・は・・・?」

「みょうじ、行くぞ」

「あ、うん・・・ごちそうさまー」

私、何か忘れた?届けにって、どこに?

今日、外なんだけど会社に来る気なのかな・・・・・・。



“今日、終日渋谷に出ています”



とりあえずそれだけ返信すると、今度は知らない番号から電話。

仕事柄、名刺はばら蒔くように配っているから別に不審がることも無い。

「はい、みょうじです」

『あ、出た。お疲れ様です』

この声は。

「・・・・・・沖田くん?」

『さすが、耳良いですね。今平気ですか?』

「うん、ていうか、私名刺渡してたっけ」

『嫌だなあ、昨日“悩みがあったら電話して”とか言って全員に配ってましたよ』

「・・・・・・う、うそっ!?」

『半分冗談ですけど』

・・・・・・この子は。

笑えない冗談を言わないで欲しい。

「それで?何かあった?」

『いや、昨日言われたこと。別に100パーセントみょうじさんの言う通りにしなきゃとは思ってないですけど、今度のクリスマスライブ。何も言わせないくらいいいライブしますから』

自信満々に言い放たれた彼の言葉に正直、ぞくぞくした。

「楽しみにしてる」

『・・・あ、それと』

「ん?」

『土方さんも人並みに嫉妬するみたいなんで、ほどほどにしてあげてくださいね。でないと僕らに当り散らされちゃうんで』

「え・・・な、なんの話!?」

『・・・・・・覚えてないんですか?』

「・・・・・・わ、わたしっ、何したの!?」




沖田くんから聞き出した事実に、楽屋で頭を抱えていた。

「みょうじ、お前いい加減にしろよ」

「・・・・・・う、うう。私、もうお酒やめる・・・・・・」

「はあ?わけわかんないこと言ってないで、さっさと受付行く!今日スタッフ少ないんだからキビキビ動けって」

・・・そうだ、ちゃんと仕事にスイッチを切り替えなくては。

土方さんのことは終わってから考えるとして、沖田くんの話がどこまで本当かはわからないけど、たぶん―――





「ひじ、かた・・・さん?」

「他の誰かに見えるってか?」

「い、いえ・・・あのっ」

受付へとやってきた私は、開放的なこの会場の一階の入口から入ってきた彼を、本物だと、今日ばかりは思いたくなくて。

私が歩みを進めることをためらっている間に、どんどん距離を縮めてくる土方さん。

「俺もちょうど用事があってこっちに来てたんだ」

「そう・・・ですか」




『なまえちゃん相変わらず良い飲みっぷりだな!ほら、もう一杯!』

『あははは、永倉さん、入れすぎー!・・・おっと!いただきまーす』

酔っぱらいふたりが、お互いのグラスにボトルで頼んだ焼酎を注ぎあっていたらしい。

『みょうじ・・・』

何度も私を呼んだ土方さんの声もたぶん聞こえていなくて。

『っ、わ!な、なに・・・・・・』

急に私の腕を引いて立ち上がらせるから、酔っぱらいの覚束無い足元はもちろんしゃんと立てるワケもなくて、土方さんの腕の中に飛び込んでしまった。

周りの注目を一気に浴びた私たちに、不満そうに永倉さんがつっかかってきた。

『おいおい、楽しく飲んでるところを邪魔するってか』

『・・・・・・こいつは、俺が送っていく』

『も、もう!土方さんってばっ・・・!みんな、見てるっ・・・』

彼の腕から逃れようと必死でその胸を押し返そうとしても、ビクともしてくれない。

『明日も仕事だろうが。これくらいでやめておけ』

『や、やだ。永倉さんと飲むの楽しいもん!』



沖田くんが言うには、ここで空気が変わったらしい。



『放してっ』

『・・・・・・そう言われて放してやるほど、優しくねえよ』

『ちょっ・・・・・・ま、待って!』

私のコートと、カバンを掴んでそのままレジに向かった。

もちろん腕を引かれたまま。

沖田くんは知ってるとして。

完全に、あの場にいた全員に、私たちの関係がバレているだろう。

周りからの冷やかす声を、土方さんはどう思ったんだろう。

こんな酔っぱらいの私が相手で、恥ずかしくなかっただろうか。






『あー、すみません、あの、えっと・・・あれ、名刺ないなあ・・・』

いつも、うちの長い会社名をいうよりも、名刺を見て領収書に宛名を書いてもらっている。

ごそごそとカバンを漁っても名刺が出てこない。

『もう、ちょっと・・・待ってくださいねー』

『・・・ったく。』

『名刺ー・・・』

レジ前でしゃがみこんでカバンの中をさらに探してみるけれど、一向に見当たらない。

名刺ケースを発見したけれど、一枚も入っていなかった。おかしいなあ。

『いくぞ』

『え!?食い逃げですか!?』

『馬鹿野郎・・・立て替えてやったんだ。帰るぞ』

『ごちそうさまです!!』

『・・・・・・飲みすぎだ』

『痛っ、なんですか!?』

ゴツン、と食らわされたげんこつは、酔っ払いには非常に辛くて。頭ガンガンする。

涙目で土方さんを見上げると、眉間にしわを寄せていた。

『言ったばっかりだろうが』

『え?』

『隙を見せるなって』

『そんなつもりは・・・』

『酒が絡むと幸せそうに笑いやがって。その顔で笑うんじゃねえっつってんだ』

『え!?キモイですか!?私の笑顔っ』







『・・・・・・可愛すぎんだよ、』

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