男ばかりの職場で。

出会いの多い職種で。

一際目立っていたのは、みょうじの、音楽が好きだと主張する、まっすぐな瞳だった。




episode13 "暗黙情事"



“土方さんは、意地悪です”


彼女が口にしたその言葉を聞いたときだったように思う。

いつも、わかりましたと頷くだけだったみょうじが突然そんなことを言うとも思わなかったし、それに何より、そう言った時の表情に・・・やられた。

多分この時からずっと、もう一度彼女のその表情を見たいと、無茶な頼みごとばかりをしてきた。

絶対に無理だと言いながらも、それをなんとしてもやってやるとやる気に満ち溢れた瞳で俺を見上げる。

かと思えば、イベントが成功したあとに感極まって泣き出すところとか、不意に見せる女の面に、どれだけ揺さぶられてきたか。


“土方さんっ!やりましたねっ!!”


嬉しそうな顔をして、両手でハイタッチを要求してくるみょうじを、そのまま抱きしめてしまいたいとさえ思っていた。






『え?私、ですか?』

長いこと企画に携わっていたイベントが終了した日。

飲みに誘ったみょうじは、間の抜けた顔をして返事をした。

『いいですけど、あと誰が来るんですか?』

撤収作業を終えて、車に乗り込む直前。

いつ声を掛けようかとずっとタイミングを見計らっていた。

『・・・あ、二人、ですか・・・。い、いえ別に嫌とかじゃ無くてっ・・・!あの・・・夜ならだいたい、あいてますから。こ、今度』

自信なさげなその言葉に、すぐ車に乗り込みそのまま去ってしまった彼女を、引き止めることができなかった。

触れたら、終わるとわかっていたから。






これ以上飲ませてはまずいと、べろべろに酔っ払ったみょうじをタクシーに押し込んだ。


「ああ、一瞬で寝れる・・・」


酒が好きだと聞いてはいたが、これほどまでに酔っ払うと思わなくて。

俺の肩を貸してやったはいいものの、すぐそばで香る彼女の匂いと、すうすうと立てられた寝息に、ゴクリと喉がなった。



―――無防備過ぎて腹が立つ。



俺の前だからこうなのか、他の奴と飲みに行ってもこうなのか。




「みょうじ、着いたぞ」

「う・・・んー・・・」

「おら、鍵出しやがれ」

「・・・眠いー」

寝言のようにつぶやいている悪態のような言葉は聞き取れなかったが、眠そうに目をこすりながらタクシーを降りた。

やっとのことで取り出した家の鍵を上手く差し込めずにいる彼女の手をとって、ガチャリと鍵を回した。

「開いたー」

「・・・もう、大丈夫だろ。じゃあな」

「えー・・・、帰っちゃうんですか・・・?」

ドアを開けた彼女が、そう言ったんだ。

俺はそもそも、最初から家に来る気なんて無かったし、送る予定だってなかった。

それなのに。

一人にしておくことが不安で、ここまでついて来てしまった。

「俺が帰ったら、何かまずいことでもあんのか?」





「うん・・・・・・寂しい、かも」





ドアにもたれかかったみょうじが、視線を落としてそう呟いた言葉。

触れる前に終わると、思わなかった。

その言葉は、俺の冷静さと理性を失わせるには十分で。



「・・・ん、っ」



彼女の立っていた玄関に強引に踏み込んで、扉が閉まるよりも早く、強引に落とした口づけ。

溢れる彼女の柔らかい声に、体中の熱が集まる。

覚束無い足元の彼女がそのままバランスを崩してしまいそうになったのを支えながら、床に二人倒れ込んで、もう一度唇を重ねた。




「みょうじ・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・みょうじ?」

「う、ん・・・・・・」

「おい」

「ん・・・・・・」






「ちっ・・・寝てんじゃねえよ、馬鹿野郎が・・・」

高まった熱のやり場に困る―――が、眠っている彼女をどうにかしてしまおうと思うほど、俺は落ちぶれてなんか無い。

寂しいとはどういう意味なのかと考えるのも面倒だ。

さっきすぐそばで聞いていた寝息のように、すうすうと気持ちよさそうに呼吸をしている。



「はあ・・・ったく」

立ち上がり、寝ている彼女を抱き抱えてベッドへと運んだ。

「みょうじ」

「・・・・・・んー」

名前を呼べば、眉間にしわを寄せた彼女が、こちらに寝返りを打ってきた。

「帰るからな」

「・・・うん・・・」

「寝てんだろ?」

「う、ん・・・」







「じゃあな。・・・・・・なまえ」

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