抱きしめ合って、キスをして、閉じた瞼に浮かぶのは、あなたの、横顔。



episode12 "わがままな手"



いつだって仕事熱心で。

どうしたって揺らぐことはなくて。

有言、実行。

無理だと言われ続けたことでも、成功に導いてしまう運だとか、彼の才能だとか。

私は、そんなあなたに、心底、惚れてる。



離れてしまった彼の唇を名残惜しそうに見つめていた私を、現実に引き戻したのは、最初のバンドが1曲目を終えたことを伝える拍手の嵐。

「っ・・・・・・ごめん、なさいっ、私」

これ以上、彼のそばに居ては完全に仕事モードではなくなってしまうと、慌ててその腕を解いた。

楽屋の扉の前に駆け寄って、ドアノブに手をかける。

彼は一体、何を想っていたのだろうかと、チラリと横目で見ても、背を向けたままで表情なんてわからなかった。

「・・・失礼、します・・・っ」

扉を開けると、ちょうど2曲目のイントロで、照明が暗くてよかったと、私は安堵のため息をこぼした。







「楽しみにしてるね!行ってらっしゃい!」

そう言って、満員の客席を見渡せるステージに送り出した沖田君たちは、本当に楽しそうに演奏をしていたし、合宿で鍛え上げたんだと自慢をしていた鍵盤の藤堂君の言う通り、

リハーサルで見せた演奏なんか比じゃないくらいかっこよかった。

客席の奥、楽屋側のほんの少しのスペースで彼らの2曲目を見届けると、明るく照らされたステージで次に始まるのは少したどたどしいMC。

聞きながらハラハラしてしまった私の隣にいつの間にかやってきていた土方さんが、何か私に言いたいことがあるのではと、そっちに意識が集中してしまいそうになるのを必死でこらえてステージを見つめていた。

だって、彼らのステージは、今見ておかないと、どんどん変化してしまう。まだまだ成長途中の彼らのライブを、一回一回、じっくりと楽しみたいと思うから。


「えっ・・・・・・?」


ふと、私の左手にそっと触れた、温もりに驚いて顔を上げると、真剣な顔でステージを眺めている土方さんの横顔。

・・・・・・私の左手は、彼の右手と、重なってる。

「・・・・・・っ」

どうして?

今朝はあんなに、“今は仕事中だ”って怒ったくせに。意味、わかんない。

それでも、ぎゅ、と握られた手のひらに、喜んでしまう私は単純。

プロ失格かも知れない。こんなに揺さぶられるなんて。

やめてくださいって、言えない私の弱さ。

・・・だって、嬉しいんだもん。

でも、だめ、今はステージに集中しないと。


土方さんに無茶ぶりされた今日のこの企画が、こうしてちゃんと成功していることを、感じないと。

今のこの、一瞬で今日が終わってしまうんだ。楽しい時間なんて、一瞬で過ぎ去ってしまうんだ。

それに、土方さんに言われたクリスマスの企画を・・・・・・

「あ」

く、くりすます・・・・・・。

一緒に、どこか、行くつもりなのかな・・・って、違う違う!!今じゃない!それは後、後でいいのっ!ライブに集中!!

彼らを出演させるかどうか、今日のライブの出来次第で決めるって、言ったんだもん。




でも、いつまでドキドキしていられるかな・・・。

こんな風に、想い合えるかな。

飽きられたりとか、しないかな。



「・・・・・・」



ほんの一瞬、そんな風に考えた私の手が、ぎゅっと彼に握られた。まるで私の想いを見透かしているみたいで、でも、少し嬉しかった。








「皆様、今日は本当にありがとうございましたっ!乾杯〜〜!!お疲れ〜〜」

準備するのはあんなに大変なのに、たったの3時間足らずで本番は終了。

なんて酷な仕事なんだろうかと思うけれど、それでも出ていくお客さんの満足そうな顔を見るとやっぱりやめられないって思ってしまう。

「お疲れ様です」

土方さんの手にある、烏龍茶の入っているグラスと、私のビールのグラスを合わせる。

「おう。お疲れ」

「みょうじさーん!お疲れっ」

「ありがとうございました」

「・・・・・・みょうじさん、ちょっと」

「ん?沖田君、なに?」

やっぱり彼に声をかけられると、どうしてかあんまりいい予感がしないんだ。

沖田くんに連れられて、みんなと乾杯をし終えてガヤガヤとしている席を離れた。

「どうでした?ライブ」

「どう、って・・・」

「気、遣ったら怒りますからね。正直なところ、どうだったのかなって」

「・・・・・・・・・あ、えっと」

意外すぎて、一瞬思考が追いつかなかった。

そんな風に考えるんだ、彼も。

不安になること、あるんだ。

自信家そうなのに。

自分のしていることは完璧だと、思い込んでいそうだなって思ったのに。

「・・・・・・真面目な話でいいのかな?」

「もちろん」

真剣な顔で私の言葉を持つ彼は、ちゃんと“プロ”の顔をしてる。本当、面白い子。

「・・・客観的に、ね、お客さんとしてみたら、すごく楽しかった」

「本当?」

「意味のない嘘はつきません。・・・・・・それから、初めて見た時より、すっごい成長しててかっこよかったと思います」

私の言葉を聞いて、相当ほっとしたらしい彼のついたため息は、ものすごく長かった。

「・・・でも、」

「え?」

まだ何かあるのかと、驚いた顔で私を見つめる彼に、少しだけ申し訳ないなと思ったけれど。

それに、土方さんっていう立派なマネージャーさんがついているのに、私なんかの言葉を伝える必要があるのかと思いつつ、でも、聞いてきたのは沖田くんだ。

まっすぐぶつかってきてくれるなら、ちゃんとまっすぐ返してあげないと、いけないと思うの。

「・・・・・・褒めるだけでいいならもう何も言わないけど?」

「・・・ダメ出し、大歓迎ですよ」

にやりと笑った沖田くんは、やっぱり自信たっぷりの顔をしている。

「それじゃあ遠慮なく言わせてもらうと―――強いて言えば、沖田くん一人で頑張りすぎ」

「・・・は」

「もっとメンバー君たちを信じてあげてもいいと思う。アイコンタクト少ないなって思ったんだよね」

「・・・・・・みょうじ」

「あと、あれかな、周りを見る癖をつけたほうがいいかも。客席ももちろんそう。楽しそうにしてるお客さんの顔、ちゃんと見てあげて。客席との一体感って結構重要で・・・」

「みょうじ!」

「・・・・・・え・・・わ、土方さんっ?」

仕事モードが、出てしまっていたみたい。

夢中になって話していた私の肩が後ろから掴まれて振り向けば、飽きれ顔の彼が立っていた。

「ったく、てめえは。そういう話するときは俺を呼べ」

「ご、ごめんなさいっ、私、あ・・・・・・」

「僕が頼んだんで、あんまり怒らないであげてくださいね。みょうじさん、ありがと、参考にさせてもらう」

去り際の沖田くんの顔がほんの少しだけ思いつめていたような気がしたのは、気のせい、だろうか―――

「馬鹿野郎が」

「え!?」

「褒めて伸ばす時期なんだよ。まだ」

・・・ああ、ほら、やっぱり私、勝手なこと―――

「行き詰まった時に、自分たちでどうしようもなくなった時に、ちょっと背中を押してやりゃ、それでいいんだ」

「すみません、でした・・・」

はあ、と深くため息をついた土方さんが、私の髪をクシャりと撫でた。

「・・・総司が勝手な真似しやがったみてぇだから、今回は気にすんな。・・・それから―――」




ぐい、と顎を掴まれて、私を見下ろした彼が、意外な表情で、意外な言葉を言った。





「俺の目の前で、俺以外の男と二人になるなんて、いい度胸じゃねえか」



「ひじ・・・・・・」




「・・・最悪、二人きりになったとしても、絶対、隙をみせるんじゃねえぞ」

「な、なに・・・」

「お前は、自分が思うよりよっぽど・・・・・・・・・っ、なんでもねえよ」

「え!?ちょ、ちょっと!!土方さん!?ずるい!!何ですか!?」

言葉を言い切る前に、ふい、と顔を逸らしたと思ったら、すぐに私に背を向けて歩きだした。



「・・・なによ、もう」



キスをした理由も、手をつないだ理由も、まだ教えてもらっていないのに。

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