柔らかな笑顔を見せた途端、彼はすぐに仕事モードの顔に戻った。

「ありがとうついでに、また頼みごとがあるんだが」

「・・・・・・は?」



episode10 "手の鳴るほうへ"





「すまん、急なんだがまた企画を頼みたくてな」

すまんって言いながらも、全然申し訳なさそうな顔なんてしていない。

「ちょっ・・・急って、もう2ヵ月後は受けませんから!」

土方さんは、持っていた分厚い手帳を取り出すと、スケジュールを確認しながら

「今回を経験してるお前なら、大丈夫だ。日程は・・・・・・12月25日」

そう言って、ニヤリと笑った。

いち、に、と指折り数えようとしてみても、2本の指しか必要ない。

「・・・・・・やっぱり3カ月切ってますよね!?それにその日は・・・」

「それと、今回から定期的に、来年夏のフルアルバムリリースまでに2〜3カ月スパンで企画をしていく予定だ」

私の抗議の声など気にも止めずにどんどん話を進めていく彼は、完全に今仕事の事しか頭にない筈。

こっちは、頭の中を切り替えるのに四苦八苦してるっていうのに。

仕事人間の土方さんと、私の彼氏の歳さんは、どうしたって同一人物にしか見れない。

「年明け2月か3月にはミニアルバムリリース予定だが、それも含め詳細は追って連絡する」

手帳をめくりながらすらすらと話す彼に、少しイライラする。

「だから、人の話をっ」




「お前は、断らない」




す、っと私に向けられたその真剣なまなざしは、私じゃなくて、沖田くん達のことを優先してる。

私だって分かってる。話がこんなに急な理由。

目を付けたばかりの新人なのに、想像以上のスピードで動員を伸ばし始めている。

場数をこなしていない彼らにとってライブハウスという場所でライブをする経験の必要さ。

それを私の個人的な理由から嫌だなんて断る事をしたくない。

でも、だ。

「12月25日は、毎年恒例のイベントが決まってて、同時進行はさすがの私も難しいです」

「・・・・・・そうか」

私のその言葉に、あからさまに肩を落としてため息をついた彼。

・・・違うの。そんな顔、させたくなんかない。

「誰が断るって言いました?」

「みょうじ?」

「今日のライブの出来次第。そのイベントに出演して貰う事なら、まだ枠が空いているので可能です。・・・・・・ただ、完全に“ウチの企画”になりますけど」

「分かった、こっちも確認する。・・・っと、もうこんな時間か、すまん、ちょっと打ち合わせが入っててな。ちょっと外すが、あいつらの事頼むな」

慌てて腕時計を確認した彼は、手帳を鞄にしまいそう言った。

「・・・・・・はい」

そうか、丸一日ずっと一緒に居られると思っていた私は、すこしだけ・・・ううん。すっごく浮かれてた。だからこそ、今彼を見送る事が、とても寂しい。

「あ、あと・・・12月25日のライブの後は、打ち上げ早めに切り上げろよ」

「は・・・・・・」

背中を向けたまま、チラリとこちらを見た彼が、ちょっぴり頬を染めている、気がする。




「クリスマス、だろうが」




「あ!えっ!?」

「・・・女は、そういうイベント事好きなんだろ?」



嘘・・・。




じゃあな、と声をかける間もなくすぐに後ろ姿が見えなくなってしまった。

あんなに堅い人の口から、クリスマスなんて言葉出ると思わないもん。

不意打ちにも程がある。

「やばい、どうしよう・・・・・・っあ、リハ!!!始まってる!?」

足元から響いてくる低音に、慌てて階段を駆け降りた。

ドキドキを、誤魔化すように。

息を切らしたふりをすればいい。




ガチャリと、重たい防音扉を開くと、ぞく、とするほどの気持ち良い音に包まれる。

久しぶりに、見た。

リハだけど、あの初めて見た日の興奮をまた思い出して思わず口角が上がってしまう。

「・・・かっこいい」

そう、呟いた声なんて誰にも聞こえないほどの、爆音。

大きい会場とか、野外の音も好きだけど、やっぱり私は、この狭い空間で全身に浴びる音が、一番好きだ。

彼らを、応援していきたいと、心から思う。

土方さんと、一緒に。





彼らのリハが終わって我に返った私。

受付になだれ込み千鶴ちゃんに抱きついた。

「みょうじさん、大丈夫ですか?」

思い出すのは、土方さんの照れた横顔とセリフ。

「・・・もー。ばか・・・」

「えっ!?ご、ごめんなさいっ」

「あはは、千鶴ちゃんのことじゃないから」

私の腕の中でじたばたとする小さな彼女の頭に顎を乗せたまま、私はさっき土方さんに言われた事を反芻していた。

クリスマス・・・・・・早めに切り上げろって。何?夜景見に行ったりとかするの?

「や、やだあ、似合わない!あははは!」

「え、ええ!?みょうじさん!?」

「あ、ごめん!何でもないっ!」

慌てて彼女を解放して、上気した頬を両手で包みこんだ。












「おら、帰るぞ。・・・・・・送って行く」

記憶の断片が、交錯する。

「やだあ、土方さん、たばこくっさ」

「てめえ・・・」

彼に肩を抱かれると、スーツに染みついたタバコの匂いが鼻をついた。

酔っ払った私は覚束ない足元を必死で整える。

「あはははは、嘘。嘘ですよ?私、タバコ吸わないけど、タバコ吸ってる人好きなんです」

真っ直ぐ歩いているつもりなのに、私の肩を支える彼の手に力が入って方向を微調整されながらタクシーをつかまえに大通りに出た。

「ああ、一瞬で寝れる・・・」

「おい、住所くらい言えるだろ?」

「んー?」

彼に言われてたぶん、私は運転手さんに住所を伝えたんだろう。

既に半分寝ながらガンガンと窓に頭をぶつける私に

「肩、特別に貸してやる」

と、好意で言ってくれた彼に、私は

「えー?絶対高いですよね?お金取る気ですかあ?あはは!・・・あ、ちょっとー今舌打ちしたでしょ!?ほらあ、図星なんだ。あぶなーい」

「てめえの硬い頭でタクシーの窓割られちゃ困るっつってんだよ。良いから、肩使え」

そうして、強引に彼の肩に頭を預ける事になった私は、そのまま一瞬で眠りについた―――


記憶の断片が、交錯する。


もう、少し。


大事な何かを、忘れてる気がする。

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