夢を見た。




「もう、その辺で止めておけ。一人で帰れなくなるだろうが」

「いいです、べつに。私みたいな酔っ払い、だれも構ってはくれないんです・・・ふん」

「おら、帰るぞ。・・・・・・送って行く」



そうだ、彼は送って行くと、言っていた気がする―――




ぱちりと目が覚めて、目の前でまだ寝息を立てている土方さんの顔をじっと見つめた。

さっきまであんなに熱い吐息を漏らして私を抱いていた彼が、こんなに静かに眠ってる。

通じた想いに、思い出したようにドキドキと高鳴る胸。

幸せすぎて、思わず。



「・・・・・・大好きだぞ、ばーか」



なんて。こっそりつぶやいたつもりだったのに、寝ていた筈の彼の瞳がゆっくりと開いて、思わず息を止めた。



「馬鹿は、余計だろ」

「・・・やっ」

裸のまま、ぎゅうと抱きしめられれば、また感じる彼の体温と、重なったお互いの肌の気持ちよさに一層頬が緩む。

「・・・・・・大好き」




それを聞いて満足気に微笑んだ彼の表情があんまり綺麗で、恥ずかしくなった。





episode9 "甘い香り"





付き合い始めてから1ヶ月が過ぎた。

二人で居る時は、私の事を“なまえ”と名前で呼んでくれるようになったから、じゃあ私も!と、“歳さん”と呼んでいる。

“さん”付けなのは、やっぱり彼を尊敬しているからだ。


そしてついに、土方さんに無茶ぶりされたあの企画の日がやってきた。

ぞろぞろと楽器を背負って会場入りした面々に挨拶をしながら、今朝まで一緒だった彼にももちろん“おはようございます”と挨拶をする。

「よろしく頼むな」と、いつも通りに言われたその言葉だって、なんとなくくすぐったい。



「と・・・・・・土方さんっ!」



うっかり名前で呼んでしまいそうになったのを聞き逃さなかったらしい沖田くんが、こちらをじっと見つめていた。

(絶対気付いてる・・・あの子、鋭そうだもん・・・うう・・・)

こっそり「気をつけろ」とすれ違う時に耳打ちされた。

吐息のかかったその耳を、慌てて押さえながら、土方さんから受け取ったスタッフリストを受付に渡しに行った。

「・・・・・・ち、千鶴ちゃーん!これ、お願いねっ」

「はい!ありがとうございます」

彼が視界の端に映るだけでドキドキと止まない鼓動を静めるためには、ちょっと離れた方が良い。

そう思って、受付に居る彼女に話しかけた。

「今日って、チケットの売れ行き最終どんな?」

「えへへ、聞いちゃいます?すごいですよ!・・・・・・ほぼ完売です!」

「お、おおお!やった!!」

「私も楽しみにしてたんです!」

若手のバンドの企画の時は、だいたいここのライブハウスを使わせて貰っている。

受付の千鶴ちゃんは、初めて会った時から可愛いなーと思ってちょっかいをかけていたが、毎回邪慳にするでもなく、むしろ一生懸命リアクションしてくれるから私も調子に乗って絡む事が多くなった。

「ところでみょうじさん・・・何か良い事ありました?」

「へ!?」

「なんか、いつもと雰囲気が違う気がして・・・」

普段、ぽやーっとしてるくせに、女の勘は働くらしい。

にこりと笑ったその表情に、嘘をつくのはちょっぴり心が痛むけれど。

「な、ななっ!?なにも、なにも無いよっ!!」



「・・・・・・動揺しすぎじゃないですか」



振り向くまでも無い、背後から聞こえたのは沖田くんの声だ。

「え、やっ・・・あのっ・・・」

そろり、と声の主へと視線を移せば、ニヤリと口の端を上げて呟いた。




「・・・・・・としぞー」





「・・・・・・う、わあああああああああ!!!おおお、おきたくんっ・・・!!!ちょっ、ちょっと!!!」

ばたばたと受付を後にして、沖田くんの背中を押しながら階段を駆け上がり外へ出た。

きょとんとした千鶴ちゃんの可愛い顔を見ている暇もないほどに。

はあはあと、息を切らしている私の横で、彼は涼しい顔してニヤニヤしている。・・・悔しい。

「・・・・・・」

「そんな真っ赤な顔で睨まれても。僕、別に何も言ってませんけど?」

「・・・・・・分かってるくせに」

「さあ、どうでしょう?」

いたずら好きの子供の顔して笑っている彼は、可愛い。



「おい!」

階段下から掛けられた声に驚き、一瞬びくりと肩が震えた。

「総司、リハ始まるってのに何やってんだてめえは」

「すぐ行きますよ。・・・あ、言っておきますけど、僕勝手に連れてこられただけなんで」

「ちょっ・・・・・・!!!」

前言撤回。可愛い?違う、・・・・・・悪魔だ、小悪魔だっ!ドSだっ・・・!!

軽い足取りで階段を下りていく沖田くんを横目に、ため息をついた土方さん。

「・・・ったく、お前は。大方、総司にからかわれてたんだろ、適当に流しておけばいいものを」

「だっ、だって!」

「いいか、今は、仕事中だ」

「・・・・・・はい・・・」

そんなの、私だって分かってる。自覚もしてるつもりだけれど、どうしたって落ち着かない。

付き合いだしてから仕事で顔を合わせるのは今日がたぶん初めて。

だから、一緒に居られる事にも舞い上がってしまう。・・・・・・隠しきれないんだもん。

「だあ、もう!」

「う、わあっ!?」

くしゃ、と私の頭を撫でてきた彼の大きな手。

「急に何するんですか」と手櫛で髪を整えている私の耳元で、また彼が小さな声で呟いた。






「そんな可愛い顔、してんじゃねえよ。・・・・・・こっちだって、我慢してんだ」





「・・・わ、わかってますっ」

これ以上、二人きりで居てはまずいと、慌てて会場へ戻ろうと階段を降りた。

「なまえ・・・」

呼ばれたその名前に、

「は!?言ってる事と・・・」

違うじゃない、と言おうとした。

でも、出来なかったのは、




「ありがとう、な」






彼の、柔らかい、笑顔のせい。

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