久しぶりに見たステージの原田さんがかっこよすぎて、ドキドキしすぎた鼓動はライブが終わってもおさまらなかった。 なんであの人、こんなにかっこいいんだろう。 なんで私、こんなにドキドキしてんだろう。 ・・・好きすぎる。 episode8 "温度" 話っていうのは、うまくいくときは本当にトントン拍子に進むもので。 「お前らが出たいなら、やってみろ」 突き放すような、試すような、マネージャーさんのその言葉に、メンバー全員二つ返事で参加したいと言ってくれた。 「なまえ」 「・・・へ?」 「よかったな。ほら」 「・・・あ、えっと・・・・・・」 パチン。 原田さんのあげた左手に、私の右手を重ねて、片手ハイタッチ。 「俺も今から楽しみだ」 どき、どき、どき・・・。 そうして、重ねた手のひらに指を絡ませてきた原田さんが、顔を緩ませて笑う。 「あのっ・・・・・・」 「ん?」 「・・・・・・いえ、その」 さっきまで、あんなに人がたくさんいた会場は今、彼らと私と。それから他に出演していたバンドとか関係者ばかり。 お客さんがいないこの空間に私が残っているという、優越感に似た感覚と、今手のひらから感じる原田さんの熱に、恥ずかしくなって視線をさまよわせるしかできない。 「原田ぁ、積み込みサボんじゃねえぞ」 「あー、・・・なまえ、またな」 「・・・・・・はい、また」 「っと、これ、渡しとく。なんかあったら」 そうして、じゃあな、と機材を片付けに去って行った原田さん。 先輩と片桐さんは、ベースの斎藤さんとお話し中。 今のこの、たったの数分、もしかして数秒、原田さんと二人きりの時間に、私は幸せをかみしめた。 そうして、慌てたように原田さんが渡してきた白いカードをなんだろうかと裏返してみれば。 ―――め、名刺!? 電話番号と、メールアドレスと、それから、よくわからないけど、お店の名前? 彼の職場なんだろうか。見慣れない横文字の意味がわかるのは「bar」くらいだった。 どうしてか、秘密めいたそれは、隠しておかなきゃいけない気がして、私は慌ててカバンにしまいこんだ。 さっき、マネージャーさんからも挨拶したときに先輩含め一人づつ頂いたけれど。 原田さんが、私にくれたこれはたぶん、先輩たちはもらっていないはずで。 ―――どうして・・・。 会場を後にして、先輩たちと電車に乗っている間も、そのことがずっと気になってドキドキしてた。 連絡を、するべきなのだろうか。 何か一言、彼にメールをするべきなのだろうか。 電話を、するべきなのだろうか。 「う〜〜・・・わかんない」 家に帰ってきた私は、もう一度名刺を取り出して、それとにらめっこ。 と、いうか、それを見ながらニヤニヤしていた。 「あ・・・そうだ」 この、お店、検索してみようかな。 「・・・あった」 出てきたのはおしゃれなバー。 今もここで働いてるのか、昔のものを偶然持っていたのかわからないけれど。 「・・・夜18時から・・・深夜3時まで、って・・・。うーん、行けるとしたらオープンしてすぐくらい・・・・・・って、私何行こうとしてんの!?」 どきどきどきどき。 部屋で一人、高鳴った鼓動を静める理由なんて多分ないから。 ・・・だって、会いたい。 ベッドに腰掛けて、右の手のひらをぎゅ、と握ってみる。 まだ少し残ってる、原田さんの手のひらの感触。 「・・・・・・〜〜っあ〜〜もうっ!!何なの、あの人ーー!!大好きだよーもう!!」 バフ、とベッドに寝転がって、枕を抱きしめて天井を見上げる。 幸せすぎてどうにかなりそうだ、と思った瞬間、また私の悪い癖。 他の女の子にも、同じように簡単に連絡先を渡したりとかしてるんだろうか。 もしかしたら働いてるバーに呼んだりとか・・・。 あの、斎藤さんの幼馴染だと言っていた片桐さんは、原田さんと親しそうだったけれど、メンバーの身内だから仲良くしてるだけなのかな。 それとも、何かしらの関係性があるのかな。 「・・・・・・むー・・・」 ごろん、と横向きに寝転がり、原田さんからもらった名刺を見ながら、携帯に連絡先を登録した。 「・・・・・・とりあえずね。とりあえず」 そうして、携帯から一旦手を離すけれど、どうしても気になってまた、登録したばかりの彼の連絡先を開いた。 よく考えてみれば、私の連絡先は教えていないわけだから、こちらから連絡をしない限り、原田さんからはメールも電話も来るわけなんてなくて。 「・・・うん、せっかくもらったんだもん、挨拶・・・くらい」 ベッドからむくりと体を起こして、枕を抱きしめたまま、彼に送るメールを作った。 作っては消して、作っては消して。 なんどもなんども、溜息をつきながらやっと送れると思った文章は、本当に当たり障りのない挨拶のメール。 “こんばんは、なまえです。 今日、ライブ楽しかったです。 学園祭、よろしくお願いしますね!” 送信して部屋の時計に目をやると、なんと深夜の2時を過ぎている。 「うっそ!?」 時間も忘れるくらい、原田さんを思っている自分に恥ずかしくなって、慌てて明日の講義を確認して、課題が出てないことにホッとしながら眠りについた。 ―――こんな夜中にメールして、非常識だと思われないだろうか。 「・・・うう、眠れないっ」 そう、たぶん、原田さんから返事が来るまで、私はきっと、ドキドキしてる。 翌朝目が覚めても彼から返事は来ていなくて。 日中届いた友人からのメールで震えた携帯にも、必要以上にどきどきした。 そして何度もがっかりして。 メール、送らなきゃよかったかな。 そう思いながら、24時間、彼からのメールを待って、眠りにつこうとうとうとしていた時だった。 “返事遅くなってごめんな。 学園祭の話、覚えててくれて嬉しかった。 また、ライブで” ―――今度は、嬉しくて眠れない。 「・・・・・・また、」 自然と上がってしまう頬を、ベッドの中で抑えながら、私はなんとか、眠りについた。 prev next |