「みょうじさん!」 「はい!!」 「・・・ぼーっとしすぎ」 「す、すみません」 最近、何をしていても原田さんの顔が浮かんでしまう。 ・・・・・・会いたい。 episode7 "ロマンス" 真夏の不快感など、クーラーの効いた大学の会議室では無縁だ。 強いて言えば、ぼんやりと眺めていた晴れ渡った夏空が、暑さを思い出させるくらい。 多分、今頃原田さんたちは合宿中なんだろうな、なんて考えながらぼんやりとしていたのを見逃してくれなかった先輩がぴしゃりと私に言い放った。 私だって集中したい、自分のやりたいと思っていた学園祭のステージに関わることができたんだもん。 でもそうさせてくれないのは、私の中にずっと彼がいるから。 あー・・・会いたいなー・・・。 さっき注意されたばかりだというのに、どうしても身が入らない。 各エリアの進行状況の報告を終えると、実行委員長がホワイトボードの前で資料をめくりながら話し始めた。 「学祭まであと3ヶ月を切りましたが、ライブエリアの出演枠があと1つ残っています。正直、告知や印刷物の関係上これ以上時間をかけるのは厳しいので、 アマチュアでも盛り上がるバンドがいれば、担当外でも構いませんので、皆さんからの紹介を是非お願いします」 その1枠が難しいんだってば。ほかの出演者との兼ね合いもあるし、今決まっているバンドと極端に差が出るバンドを入れるわけにもいかない。 そんなの適当に決められるもんじゃないでしょうに。本当にわかってないんだから。ライブの楽しさを知らないくせに、そういう・・・・・・。 ・・・・・・え、アマチュアでも良いって言った? ちょっ・・・・・・! 「では今日は以上です。お疲れ様でした」 そう言って、資料をまとめながら会議室を出ようとする委員長を慌てて呼び止めた。 「す、すみませんっ!!」 「えーっと、・・・みょうじさん、だっけ?」 「はい!」 「今日も注意されてたから名前覚えちゃった」 なんて、優しそうに笑った。 「あ、あはは、すみませんでした。気をつけます」 「どうしたの?」 「私一応ライブエリアの担当なんですけど、その・・・アマチュアバンド、候補がいるんです」 できることなら、彼らを誘いたい。 原田さんが学園祭に出られるようになりたいとこぼしていたのを私は確かに覚えてる。 「へえ・・・音源ある?」 「あー、それなんですけど・・・音源出してないくらいアマチュアもアマチュアで最近結成して多分まだ数ヶ月とかなんですけど」 「・・・・・・大丈夫なの?」 ほんの少しため息混じりに怪訝そうな顔をした彼女に、彼らの評価を低くさせてはいけない。 ここは私が、繋がなければ。 「もちろんです!!それで、よかったら今度のライブに・・・一緒に・・・行っていただけないかと・・・」 「・・・そうね、他に候補も多分いないし。じゃあライブエリアのリーダーと私と、一緒に行ってみようかな?」 「ありがとうございます!!」 また連絡してね、と去っていった彼女は、案外話のわかる人かも知れないと、ホッとした。 大丈夫、だって彼らのライブを見て、虜にならない方が絶対おかしい。 「みょうじで予約してたんですけど・・・」 「はい、3名様ですね」 合宿後の初ライブは、彼らの企画ライブ。 いいタイミングで紹介できると、楽しみで仕方ない会場に向かうと、開場前から行列で。 テキパキと予約のチケットを渡してくれた受付の女の子が、小柄で可愛らしくって、勝手に嫉妬してしまった。 ―――原田さん、どういう子が好きなんだろう。 やっぱり、さっきの子みたいに、女の子らしくて可愛い子なんだろうか。 私みたいなのを、好きになってくれる確率なんてあるだろうか。 「あれ、葵じゃない?」 「・・・・・・え、あ!ホントだ」 先輩たちは知り合いを見つけたらしく、ちょっと待ってて、とバタバタと奥へ向かった。 ちょうどステージの正面、客席後方のドリンクカウンターはまだ空いている。 「終わってから混むよね、先に変えとこう」 受け取ったドリンクチケットを取り出し、カウンターへ差し出した。 「あの、烏龍茶・・・」 「・・・・・・酒、飲まねえの?」 ・・・え? 後ろから聞こえた声は、ずっと私の頭の中でリピートされていたそれとイコールで。 ゆっくりと、声の方へ顔を向けると、トン、とカウンターに寄りかかってタバコに火をつけた原田さん。 「よ。元気してたか?」 ずっとずっと、会いたいと思っていたこの数日間。 会えたら一瞬で、溢れ出す思い。 私の好きな人が、目の前にいる。 「どうぞ〜」 なんだか緩そうなお兄さんが作ってくれた烏龍茶を手に取る前に、だ。 カウンターを見回せば、必ずある、それ。 す、と原田さんの近くに差し出せば、一瞬驚いた顔して、すぐにふわりと笑った。 「サンキュ」 「・・・・・・いえ」 受け取った灰皿を少し自分の方へ引き寄せると、カウンターに肘をついて、煙を吐き出した。 その横顔、指先、唇から、目が離せない。 ・・・・・・会いたかったの。 待ち遠しくてたまらなかった。 合宿に行くなんて聞かされて、いつもより遠くにいるだろう彼を思い浮かべると、一層会いたくなって。 どきどきと早くなる鼓動が苦しくて、きゅっと胸のあたりを抑えた。 「どうした?」 「・・・あ、えっと・・・」 途切れないお客さんの波がどんどん増えている。 なんとなく、周りから刺さる視線は、原田さんのそばにいる私に嫉妬しているもの? 流石に自意識過剰過ぎるかな。 でも多分、みんな原田さんと話したいと思っている筈。 それを独り占めしている私。 私がドリンクを替えたタイミングと、たまたま原田さんがタバコを吸うタイミングが同じだったというだけなのかもしれないけど。 それでも、ほんの少し優越感を感じてしまう。 こんなにたくさんファンがいる中で、私に声をかけてくれたっていう、その事実がたまらなく嬉しい。 じっと原田さんを見つめていれば、不思議そうに問われたけれど、言えるはずもない、“会いたかった”。 「・・・今日、先輩と一緒に来たんです」 「大学のか?」 「はい、学園祭の・・・・・・」 「みょうじさん!!」 原田さんとやっと会話ができると思っていたところで、急に名前を呼ばれてしまっては振り向くしかない。 邪魔しないで、と思ってしまう私は、性格が悪いんだろうか。 「はい?」 「お、片桐さん、今日もきてたのか」 先輩の話を聞こうと思って振り向いたのに、聞こえたのは原田さんの声で呼ばれた知らない名前。 「原田さん、こんなところに居てまたはじめに怒られませんか?」 「あはは、かもな」 “片桐さん”と呼ばれた子は、私と同じ大学生くらいだろう。 仲良さそうに話している彼女に、少しだけモヤモヤしてしまう。 「怒られる前に、退散するわ。じゃあ、楽しんでってくれな」 そう言ってタバコを消すと、そのまま楽屋があるだろう奥へと姿を消した。 その途中、声を掛けてきた女の子たちを手を振ってあしらいながら。 「・・・えっと、みょうじさん、こちら片桐さんって言って、私たちの高校の後輩なの」 「はじめまして、片桐葵って言います」 「あ、みょうじなまえです・・・」 愛想のいい、美人さんだ。 「それでね、びっくりなんだけど、みょうじさんがおすすめしてくれたバンドのベースの斎藤くんと片桐さん、幼馴染なの」 「・・・・・・え!?」 メンバーの、知り合い!? 「すごい偶然だよね。早速学園祭の話ししてみたらさ、話してくれるって」 「あー、先輩、話はしてみますけど、最近マネージャーが付いたとかで、メンバーの一存で参加決定できないかもですよ?」 「うんうん、とりあえずね、ライブ見てから!あーでも本当びっくりした」 先輩たちもベースの斎藤さんとは何度か話したことはあるらしい。「覚えてくれてるかはわかんないけどね」なんて笑いながら、久しぶりの再会を本当に喜んでいるみたい。 「みょうじさん・・・は、さっき原田さんと話してましたけど、何度かライブに来てるんですよね?」 先輩たちと盛り上がって話していたところで、まさか私に話しかけてくると思わなくて、一瞬びくりとしてしまった。 「あ、はい。たまたま行ったライブが、初ライブだったみたいで、見事にハマってしまって」 「嘘!すごい!ちなみに私も初ライブ、見に行ったよ!じゃあ居たんだね、あの狭い会場に」 「ええ・・・すごい、偶然、ですね」 「えへへ、なんか嬉しい」 片桐さんは人懐っこい人だ。 それから、一切嫌味もないし、可愛いし、仕草とかも女の子らしい。 ―――ああ、私、さっきから周りにいる女の子全員に嫉妬してる。 可愛くない、可愛くない。 可愛く、なりたい。 prev next |