「左之さんお待たせー!」

「・・・おう・・・って、随分買い込んだな」

「す、すみませんっ・・・あの、これ・・・」

両手にガサガサと食材が詰まったビニール袋をぶら下げてスーパーから出てきた平助たちを見て、慌ててタバコを消した。

申し訳なさそうな顔をして、斎藤の彼女の片桐さんが俺に財布を返してくれた。

「原田さん、あの・・・」

「ん?」

「いえ、別にっ、えっと、お財布ありがとうございました!」

賑やかなこいつらと一緒にいると、どうしても大学時代を思い出してしまう。

すると、必然的に千晴の笑顔が浮かんでくる。



『ねえ左之?私、今までで一番幸せなの、出会ってくれてありがとう』



episode6 "恋人"



土方さんの計らいで借りられたコテージは、思ったよりもかなり立派で驚いた。

スタジオもどんなところか気になって、荷物を運び込むのもそこそこに、機材を担いで向かった。

ウッド調の広いフロアは、天井も高く、正面の壁は一面鏡貼り。

総司が、確認するように発声すると、気持ちいいくらいに反響した。

「・・・土方さんって、実はすっげー人なのか?」

ぽかんとした口をそのままに、ぽつりと呟いた平助をよそに、総司と斎藤はさっさと機材のセッティングを始めている。

「平助、左之、時間が勿体無いだろう」

「・・・はいはい」

真面目な斎藤と、楽しみで仕方がない空気を醸し出している総司は正反対に見えるが、どこか似ている気がする。

「・・・・・・あ」

「どうした?総司」

「・・・携帯、忘れちゃった」

「そんなもの、今は必要ないだろう」

「だって、せっかくだし写真撮ろうと思ったのに。ごめん、すぐ取ってくる」

スタジオの扉を開けて本当にコテージへと向かったらしい総司の後ろ姿に、斎藤が心底ため息をついていた。

付き合いの長い二人には要らない気遣いであったかもしれないが、何か空気を変えようと斎藤に話しかけた。

「彼女、可愛い子だな」

「・・・・・・幼馴染だ」

「なんだ、本当に付き合ってないのか」

「誰が、その様な・・・」

ちらりと、総司が出て行った扉へ目を向けると、左手を額にあて、さっきよりも盛大なため息をついた。

「あんないい子放っておくなんざ、信じられねぇなあ」

「・・・・・・関係、無いだろう」

きっと、斎藤は斎藤で、いろんな思いがあって幼馴染の関係を続けているんだろう。

恥ずかしげに伏せた目が、そう言っていた。



大切にしたいと思う程、傷つけたくない、守りたい、その思いが強くなる一方で、独占したくなる。

千晴は本当に幸せだったのだろうか―――。




時間もお金も気にせずにスタジオにこもれるというのはなんとも贅沢なことで。

あっという間に過ぎた時間は、平助の「腹減ったー!」の声で気づかされた。

コテージに戻り、晩ご飯(バーベキュー)の支度を全員で手伝い、さっきのスタジオの疲れなど感じさせないほどに盛り上がった。

「は、原田さん〜私こんなおいしいお肉初めて食べましたっっ」

「ははは、そりゃよかった。俺のところに来ればいつでも食わせてやるよ」

「本当ですかっ!?」

目をキラキラさせながら、遊びに行きますねと笑った彼女の後ろでは、普段と変わらない無表情の斎藤が冷たいオーラを放っていた。

娘を心配する父親みたいだ。

総司がくっつけたくなるのも頷ける。

隣ではっきり言ってやりたいだろうに。

“彼女に手を出すな”と。




明日に響いてはいけないと、ほどほどに(といっても用意してもらった食材は完食したが)片付けを始めた。

「ありがとな」

「え?」

「いや、メシの用意、してくれて」

「あ、そ、そんな、お礼言われるほどのことなんて、私・・・」

はにかんだ表情がとても可愛らしいなと眺めていたら、テーブルを拭いていた彼女の手が止まり、少し困ったような顔をして俺の名前を呼んだ。

「あの・・・・・・今日お財布、お借りしたじゃないですか」

「・・・ああ」

「それで、私、原田さん彼女がいないって聞いていたんですけど」

彼女が買い物を終えたあと、言おうとしていた何かと、もしかしたら今言おうとしている事は同じなのかもしれない。

あまりいい予感がしなかったからか、無意識に、渇いた返事が口をついて出た。

「わざとじゃなかったんですけど、その・・・写真、を」





『ねえ、左之、私この写真すごく好きなの』

遺品を整理していた時に見つけた写真を見て彼女がそう言っていたのを思い出した。

それを飾ることもできたが、きっと毎日見るたびに悲しみに暮れてしまう自分の想像がついて、できなかった。

けれど、捨てることもしたくないし、傍に置いておきたくて、なんとなく必ず持ち歩く財布に無造作に入れておいたんだ。

当たり前のように入っている写真を忘れていたわけではないが、意識することがなくなっていた。




「お二人で写ってたから、やっぱり彼女さんなのかなって、思って。・・・あ!私しか見てないですから!!」

布巾を握り締めて慌ててそう言うと、俺から視線を外した。そうさせるような表情をしてしまったか。

「・・・気ぃ、遣わせちまったな」

ふるふると首を振った彼女がうつむいたままぽつりと口を開いた。

「・・・・・・黙っていようとも思ったんですけど」

「いや・・・片桐さんは素直でいい女だと思うぜ?」

取り出したタバコに火を点け、ため息を誤魔化すように吐き出した煙が風に攫われるのをぼんやり眺めた。



話すこともできる。

隠すような話でもないし。

だが、斎藤に恋をしている彼女に“恋人が死んだ”などと言うことは、酷だろう。

キラキラしたその瞳を、俺が不安にさせてどうするんだ。



「大人の事情・・・ってやつかな」

一瞬きょとんとした表情を見せた彼女が「子供の私にはきっと難しいんでしょうね」と笑いながらキッチンへ最後の食器を運んで行った。

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