“似てる” 声を掛けたきっかけは、それだけだった。 白いワンピースと、照れた横顔。 忘れようと思ったことなんてない。 ずっと、ずっとこのまま、愛そうと思ってた。 消えないって、信じてた。 面影を重ねるつもりだって、無かった。 episode5 "この坂道の途中で" 合宿初日。 レンタカーでメンバーを拾いに向かった。 「すみませんね、なんだか私まで」 家事担当で参加してくれる斎藤の彼女だと聞いていた子は、少しだけ、意外だった。 スタイルが良くて、美人。 並んで歩けばきっと、絵になるだろうとは思ったが、こんなに明るく笑う子だと思わなかった。 ちょっとだけ驚きつつも、助手席へと座った彼女を、ハンドルにもたれかかって眺めてた。 「いやあやっぱ女の子が居ると、いいな」 そう言えば、彼女以外の女の子を助手席へ乗せることが無かったかもな、と考えを巡らせながらアクセルを踏んだ。 「運転代われなくて申し訳ありません」 「いいっていいって、そんな畏まらなくて。それより、メシ、楽しみにしてるから」 「やだ、止めて下さいってば」 「えっと・・・名前、何だっけ?」 「あ、・・・片桐、です」 下の名前を名乗らなかったのは、もしかして俺を警戒しているからなのかと、こちらを睨んでいる斎藤をバックミラー越しにちらりと見やった。 「いや、ここはやっぱ大人に頼るところだと思うぜ?」 「大人・・・いやいや、止めておいた方が・・・だって高いよ?」 「・・・・・・公平にじゃんけんとかでいいんじゃない?」 「そ、総司っ・・・!それ言ったらお前もだかんな!」 「分かってるよ?だって僕、負ける気がしないし」 「くっそー、その自信ムカつく!!」 「・・・・・・」 何やら、スーパーの一角ですごい空気と化しているその場所に関わりたくないと思いつつも、 常連客の主婦さま方にご迷惑がかかっているのは感心しないと、「どうした?」と顔を覗かせてみると、 「左之さんっ!!!」 きらきらと、子犬のようなまなざしで俺を見つめる平助が、指をさした先にあるそれを見て、納得した。 「・・・・・・お前らなあ、こっち(2980円)とこっち(498円)の肉の違い分かるのかよ」 「分かる!!!なあ!?」 「わ、私はあんまり自信ないかも・・・食べ慣れている方で全然・・・そっちの498円のやつで・・・」 「片桐さんに食わせてやりてえよ。お前らはそっちの安いやつで充分だろ」 そう言いつつも、なんだかんだ、学生時代を思い出してしまって、しかたねえなと財布を取り出す自分に苦笑い。 「最初で最後、次はお前らが奢れよ」 ぽん、と片桐さんに財布を手渡してタバコを吸いに外へ出た。 「ちょっ・・・原田さん!?こ、こここれっ!??ええっ!?」 「全奢り!?よし、酒も買おうぜー」 「え、えええっ!?」 賑やかなのは、嫌いじゃない。 嫌いじゃないけど、ほんの少し、苦手だ。 「原田ぁ、こっち!」 「お、悪い、遅くなった」 友人から、インターン先で知り合ったという先輩たちや他の大学の奴らと飲み会をやるからと誘われて、早めにバイトを切り上げてきたがもう終盤らしく、 テーブルの上は、飲みかけのグラス以外片付いていた。 広い座敷の席で、あいていた友人の隣に座りハイボールを注文した。 他に誰か知り合いはいないかと辺りを見回すと、隣のテーブルにいた同級の新八が目に入った。 その正面に座るのは、見たことのない小柄な女の子だったが、何故だか彼女から目が離せなくて。 「左之!やっと来やがったか!」 こいつの挨拶は、いつも大げさだ。 本気で背中を叩かれるもんだから、俺も負けじと、肩を叩いてやった。 「うるせぇよ、新八も来るなんて聞いてねえ」 受け取ったハイボールを持って、吸い込まれるように彼女の隣に腰かけた。 「はじめまして、原田です。・・・名前は?」 「千晴、です。原田・・・えっと、左之、くん?」 カシスオレンジの薄まった色をしたそれを、コクリと飲み込んだ彼女は、姿勢を正して俺の名前を呼んだ。 「・・・ああ、えっと、左之助ってんだけど、良いよ、左之で」 「左之?」 とろんとした、彼女の瞳から目が離せない。 「だああーー!ったく、左之が来るとすぐこれだもんな、俺何時間頑張ったと思ってんだよ」 日本酒らしいそれを、ぐい、と煽った新八は面白くなさそうな顔して「便所」と立ち上がった。 「新八の話、つまんなかったろ」 「競馬とか私やらないから・・・でも、新しい世界で少し面白かった、かな?」 「少し、か。・・・何年生?」 「え、私?」 「他に誰かいる?俺今、千晴ちゃんしか見えないけど」 「ふふ、おかしい」 「どうした?」 「私、学生に見えるかな?」 「・・・・・・えっと、他の大学の子、かと思ったんだが、違うのか?」 「これでも社会人、なんだけどな」 くすくす、と楽しそうに笑った彼女のその笑顔は、俺の心臓を全部、一瞬で鷲掴みにして離さなかった。 「年上って、事か?」 「うん、一応26歳。・・・子供っぽい?」 「・・・・・・っ、それは、失礼・・・」 「良いの、今日は無礼講って、ね?」 「無礼講、ねえ・・・。それじゃあ遠慮なく、口説いてやるかな」 「え?」 きょとんとした彼女の瞳に、俺以外映らないように、顔を覗きこんだ。 「千晴、運命って信じるか?」 prev next |