「合宿・・・ですか」

「なんか、学生時代思い出すだろ?」

大人の印象の彼が、嬉しそうに肩を揺らして笑ってた。

会うたびに、新しい彼に出会えるから、どんどん、好きになって行く。

原田さんが吐き出したタバコの煙が薄れる前に、私はちびりと500円もするウーロン茶に口を付けた。



episode4 "13番目の月"



原田さんと別れて入口に入り、受付で予約していたチケットを引き換えた。

既に1バンド目が始まっていたが、お客さんはまばら。

まあ、普通はこんなものだろうなと思いながら、名前も知らないバンドの演奏をぼんやり眺めていた。

ちょっぴり物足りないなと思ってしまうのは、彼らの演奏のレベルなのか、空気感なのか・・・それとも、原田さんのバンドへの期待感が大きすぎるからなのか。

“ありがとうございました”とハケて行った彼らを客席からのゆるい拍手が見送った。

私は握りしめていたドリンクチケットをカウンターのお兄さんへ渡して、それと引き換えに氷のたっぷり入ったカップに注がれたウーロン茶を受け取った。

「・・・・・・酒、飲まねえの?」

後ろから掛けられた声に振り向くと、不思議そうな顔をした原田さん。

「ドリンク代、勿体ないだろ?」

さっき、入口で別れたばかりなのに。

どうして彼は、また私の傍に来たのだろうかと、考えたところで結局自分の都合のよい解釈しか出来ないんだ。

「ま、まあ・・・・・・チケット代だと思えば」

私がドリンクカウンターに寄りかかると、彼はタバコに火を付け灰皿を手繰り寄せていた。




基本、どのライブハウスに行っても、チケット代プラスドリンク代500円がかかる。

お酒の飲めない私は、いつも決まってウーロン茶。

「それに私、未成年なので・・・」

一瞬驚いたらしい彼の眼が大きく開いたかと思えば「そうだよな」と、苦笑いをこぼしていた。

一体彼は、私を何歳だと思ったのだろうか。大学生に見られていたからさほど見た目年齢と差は無いとは思うけれど。

少しの沈黙の間、私は何度かウーロン茶を口に運んだ。

特別美味しいわけでも不味いわけでもないそれは、私の意識を逸らす事を全くしてくれなくて、やっぱり隣の、原田さんの事ばかり気になってしまう。

「大学でサークルとか入ってねぇのか?」

セットチェンジで次のバンドが音出しを始めて、少しだけ聞きとりづらくなった彼の声に、耳を寄せた。

「え・・・ええ。サークルは特に・・・あ、でも学園祭実行委員、やってるんです」

「へえ。大変そうだな」

ふう、と彼が吐き出した煙を目で追いながら、ステージでセッティング中のバンドを見やる。

ファンらしき女の子たちが最前列で、きゃあきゃあとはしゃいでいる様子になんとなく距離を感じた。

「外にステージ設置して、ライブイベントやるんですよ!私、そこの担当になれたんです」

「本当、ライブ好きなんだな?・・・お前今、良い顔してるぜ」



その原田さんの言葉に、どくんどくんと、全身を巡る血の勢いが増した。

彼の顔を見ることが出来ない。

だって、見てしまったらきっと、この想いがばれてしまう。

原田さんの目に、今の私はどんな風に映っているんだろう。



「俺らも学祭呼ばれるくらい力つけないとな」

「・・・・・・十分じゃないですか?」

「いや、それがよ。今度、合宿やるって話しがあってな?」

何でも、キーボード君が言い出しっぺらしい。

皆の予定が合わない中、合わせて練習する事なんて稀で、もっと皆の演奏の癖だとか、タイミングを掴みたいとか。

やんちゃそうなあの子は結構真面目なんだなと少し感心してしまった。

でも、原田さんも十分楽しそうに話しているし、きっとメンバーみんな、そういう機会が欲しかったんだろう。

「・・・なんだか、楽しそうですね?」

「合宿な。お前も来るか?」

ニヤニヤと、私の答えを待っている彼のがどういうつもりで言ったのか考える間もなく、私は勢いよく否定した。

「・・・・・・はっ!?い・・・や、いやいやいやっ!!!だ、駄目でしょう!?」

「駄目じゃねえと思うけどな?」

「いや、駄目ですって!!」

暗転した瞬間、しんとした場内に自分のその声が少し響いたのに驚いて、息を吸い込み慌てて口を押さえた。

ステージに少し灯る照明に照らされた私の顔を見て原田さんは、面白そうに笑ってる。

私の肩をポンポンと叩くと、彼の口が“じゃあな”と動いた。

それに私は、軽くぺこりと頭を下げた。



ちゃんと、バンドマンである自分と、ファンである私との、境界線を引いていてくれないと、困る。

私はうっかり、そっちに踏み出してしまいたくなるし、もしかしたら彼も受け止めてくれるんじゃないかって勘違いしてしまう。

隣に居るのが心地いいと思ったり、何もなくても原田さんの事を考えたり。

そのしぐさ一つとっても、見とれてしまう。

彼がタバコを吸う時の、右手の甲がとても綺麗だとか、タバコから唇が離れる時の音だとか。

その手に触れられたら、どんな風だろうとか―――。



ああ。私、相当参ってる。



重症。




これって、例の、あの病。


甘い、そう、恋の。

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