「うそーーーー!?なんでっ!?風邪なんて滅多にひかないのに!」

『ごめ・・・チケット、買ってなくてよかった・・・』

「そうじゃなくてっ!!私いま駅前・・・」

『や、無理っしょ・・・たまには一人で・・・行ってこい・・・今度、埋めあわす・・・』



episode3 "トキメキ"



ぷつりと切れた電話は、一定の音を刻んでいる。

「一人でって・・・」

鼻声が酷過ぎて別人みたいだった友人との電話を終えると、私は携帯を見つめたまま放心状態。

待ち合わせは18時00分。

現在時刻、18時20分。

間もなく開演時間の18時30分。

待てども現れない友人に電話をかけたところだった。

風邪なら風邪だともっと早く連絡をくれれば、私だってたぶんここまで来なかった。

ずっと楽しみにしていたライブだからと張り切っていたこの気持ちがちょっとだけしぼんでしまった。

前回物販をのぞいてみたものの、まだ音源も作っていないらしく、私の記憶の中だけに存在する彼らをリピートする事しかできなくて。



だからと言って、さすがに一人でライブハウスに行く勇気なんて、ない。



初めて会ってからまだそんなに経っていないけれど、別れたあの日に見た背中が忘れられなくて。

ライブを見たい気持ち以上に、彼に会いたいと―――





・・・あ。






「よぉ」



ポケットに手を突っこんだまま、ぷらぷらと歩いてきたのは、私が今、まさに会いたいと思っていた彼で。

こんなに人通りの多い駅前で、どうしてかすぐに、目に入ってきた。

「え、ああ・・・あのっ!?」

ぱくぱくと、驚きとドキドキで上手く話せない私に、不思議そうな顔をして「偶然か?」と聞かれた。

「や、ライブにっ・・・え?出番・・・?」

偶然の割合なんて低いとは思うけれど、少しの必然、それよりはよっぽど偶然だと思う。

もう開演時間なのにこんなところに居て良いのだろうか。

あわあわしたまま時間は大丈夫なのかと聞くと、今日は最後の出番らしい。

予定外の再会に、ばっくんばっくんと、飛び出そうな心臓をぎゅっと押さえた。






「どうした?ぼーっとしてると置いてくぜ」



置いてく、って?

「あの・・・」

「どうせ同じところに行くんだろ?」




・・・こんなのって、こんなのって、有りですか。

焦がれた分だけ、嬉しさが増えたみたい。

一緒に行く気でいる彼は、ゆっくりと頷いた私を見て歩きだした。

「そう言えば、今日一人か?友達は?」

「えっと・・・風邪、ひいちゃったみたいで・・・」

「そうか。夏の風邪はしつこいからな」

無意識だった。

歩く速度が同じだって気づいたのは、しばらく経ってから。

わざわざ合わせて歩いてくれていた彼の優しさに、関心したと同時に、女の子の隣を歩くの慣れてそうだなって、思った。

ひねくれてるなあ、私・・・。






「なまえ」



「え?」

「名前、あってる?」

「は、はい」

覚えてて、くれた。

たったの一日、たったの数時間、たったの、数分・・・。

ほんのちょっとしか顔を合わせてないはずなのに、私に気付いてくれた、それだけで飛びあがってしまうほど嬉しかった。

緩んだ頬を見られるのが恥ずかしくて、半歩先を歩く彼の後ろで俯くと、じんわりと、胸の中にひろがるこの温かさ。

幸せって、こういうの?

「あの、名前・・・今度会ったら教えてくれるって」

彼を見上げてそう言えば、覚えてたのか、と苦笑いが落ちてきた。







「まさか、本当に来てくれると思わなかった。ありがと、な?」

「べっ・・・べつに、ただ・・・・・・」

「ん?」

「いえ、・・・・・・楽しみに、してたんです」

「そっか」

この人の甘い笑顔には、敵わない。

あっという間についてしまった会場の入り口。

裏口あるから、と一歩離れた彼に。




「あのっ!・・・頑張って、くださいね」




「そうだな。惚れないように、気をつけろよ?」




なっ・・・・・・




「なんて、な?」



あなたのその余裕の笑顔で、今まで一体、何人の女の子を弄んできたんですか。

絶対、わざとですよね?

そうとしか、考えられません。



だって、どう気をつけたって、惚れるしか、ないじゃないですか―――

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