見送った愛しい彼の背中。

その背中が、そんな悲しい思いを背負っているなんて知らなかった。




episode2 "閃光"




そもそも左之さんと出会ったのは、一人で時間を持て余していた私に付き合ってくれたという些細なこと。


高校時代の友人とは音楽の趣味が共通で、別の大学へ進んだ今も、お互い情報交換をしながらライブハウスへ通っていた。

友人が見たいと言っていたバンドの対バンで出演していたのが、その日初ライブだった左之さんのバンド。

正直4バンド中知っているバンドはいなかったが、彼女のチョイスなら間違いないだろうと学校終わりに合流してライブハウスに向かったのだ。



「思ってたより狭いね・・・」

「なんかちょっと不安になってきた・・・先に謝る!なまえごめん!」

小さなライブハウスは“お客さんの少ないバンドが出るところ=下手なバンドが多い”という事を気にしたらしい彼女が顔の前で両手を合わせて必死に謝ってきた。

「まだ見てもいないのに、そんなのバンドに失礼だよー」

「うう、あんた超優しい。でもマジごめん・・・嫌な予感しかしないわ。なんかお腹痛くなってきた」

そう言うと、本当に顔色を悪くした彼女がトイレへと駆け込んだ。

彼女の、教材の入った大きな鞄を預かって、壁際に置かれたハイチェアに腰かけて足をぶらぶらとさせていた。

オープン時間ぴったりに来た私たち。他にお客さんなんてまだ一人もいない。

トイレにこもった友人のお陰で、狭いとはいえ、客席で私一人ぼっちだ。

「・・・・・・張り切ってるファンみたいで複雑」

一つも知ってるバンドが居ないし、どうしたものかと、とりあえず入口で受け取ったフライヤーを眺めていた。


人の気配がして顔を上げると、私の隣を一つとばして、誰かがハイチェアに腰かけた。

くわえたタバコに火をつけたその瞬間、ばちりと目が合う。

・・・・・・お客さん、なわけないよね。

ふう、と煙を吐き出した彼は、目があったからか律儀に「・・・こんばんは」と挨拶をくれた。

「こ、こんばんは」

当然の返ししかできない。まあ、何か狙って言ったところで笑いがとれるとも思えないけれど。

「一人?」

「えっと・・・友達、トイレ行ってて」

「そっか。お目当ては?」

「え、あの・・・付き添い、みたいなもので。すみません」

「あはは、悪ぃ。良かったら俺ら2バンド目だから」

やっぱりお客さんじゃなかった。そりゃそうだよね。

この見た目でバンドやってるとか、ファン多そうなのに、何で今日お客さん少ないんだろう?

「あ、はい・・・たぶん最後までいると思います」

「大学生?」

「ええ・・・」

「そっか、一番楽しい頃だな」

懐かしそうに笑った彼の逸らされた視線の先に、きっと楽しかった思い出が詰まってるんだろうなって、思った。

「・・・あ、友達?戻ってきたみたいだぜ」

「ごめんなまえー!」

じゃあな、と立ち上がった彼が、思い出したように言った。






「その、白いワンピース、似合ってるな」







どうしてわざわざ、そんな事言うの?




抱きついてきた友人を受け止めながら、笑顔で去って行ったその背中を見つめていた。

「お客さん増えてきたね!良かった!」

いつの間にかガヤガヤとしていた場内に気付かないまま彼と話していた私。

別に、とびきり楽しかった訳でも、好みだった訳でもないのに。どうしてか引きこまれてしまっていたらしい。

「ねえところで今の人誰?」

「ん、なんか2バンド目の人だって」

「へー、イケメンだったじゃん!」



入口はいつも音楽。

まだ彼の音楽を聞いていないけれど、こういう入り方もありかなって、ちょっと思った。








初ライブだったと、終わってから聞いた。

それが信じられないくらい息ぴったりだったし、演奏もかなり上手かった。

たくさんいろんなバンドを見てきたけど、初ライブでこんなにクオリティ高いとか、信じられない。


演奏が終わった後、興奮した友人と、次のライブも絶対行こうねなんて話していた。

そのあとは友人お目当てのバンドも堪能して(結局彼のバンドが一番良かった)、外に出れば、またタバコを吸っている彼に会った。

「本当に最後まで居たんだな」

「ええ、まあ・・・」

「あ、あのっ!すっごくかっこ良かったですっ!次のライブも遊びに行きますね!」

戸惑っている私に気付いたのか、場を取り持つように友人がそう言った。

それにまたコクリと頷けば、嬉しそうに笑った彼。

「お、初ライブなのにもうファンできちまった」

「あはは」

「・・・あ、いたー!何やってんだよー、片づけ!一君に怒られる!」

階段の下から叫んでいるキーボード君に片手を上げて「今行く」と返事をした彼。

「じゃあ、気を付けて帰れよ」なんて、子供じゃないんだから、と思いながらもその少しの優しさにキュンとする。

どうも、とペコリとお辞儀をして彼の横を通り過ぎようとした瞬間だった。








「またな、なまえ」







わざとなのか、素でやってるのかまったく分からない。

またタバコをくわえた彼は、私の頭を軽くポンポンと叩くと地下へと降りていった。

自己紹介なんてしてないから、きっと友人に呼ばれた私の名前を覚えていたんだろうけど・・・・・・ずるくない?

ていうか、私彼の名前知らない。そんな不公平な事―――



「あ、あのっ!!」



気付けば、去って行く彼を呼び止めていた。

「ん?どした」

「・・・名前っ教えてください!」

「俺?・・・そうだな。・・・次、会えたら教えてやるよ」

そうやって、余裕たっぷりに笑った彼。

ちょっと意地悪なその笑顔に胸が高鳴ったのは気のせいじゃないと思う。

すぐ傍に居るはずなのに、伸ばしても届かない、触れさせてくれない。

自分から近づいてきた癖に、こっちが近づこうとすると、かわされてしまう。






彼の、深みにはまる。

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