『なまえちゃん』 「・・・あ、の・・・えっと、は、初めまして」 『まさかあなたに見つかるとは思わなかった』 「・・・すみません」 『あ、違うの、謝らないでね?お話出来て、嬉しい』 お墓は、雪が綺麗に払われていた。 おそらく、ご両親がいらっしゃったんだろうと左之さんは言った。 それと同時に千晴さんが、両親が来てたの、と告げた。 「ふふ・・・同じこと言ってる」 「・・・・・・あ?」 『左之だけ仲間はずれね?』 「ですね?」 そうして二人でクスクスと笑うと、左之さんは口を尖らせた。 千晴さんは、思っていたより話しやすい人だった。 そしてやっぱり、写真で見るよりもとても美人。 私なんか、と思ってしまう。 亡くなってから今日でちょうど3年、これまで成仏できずに彷徨っていたらしい。 3年もの間、ずっと、ずっと一人で・・・。 『あー、やだ、泣かないでってば。ほら左之!』 「大丈夫です、」 千晴さんの言葉を通訳するように、私は繰り返して左之さんに伝えた。 ライブにも、何回も行っていたらしい。 私と左之さんの出会いも、目撃、されていたようだ・・・。これはちょっと恥ずかしい。 『もうね、そろそろ時間なの』 「えっ・・・会ったばかりなのに・・・」 『逝かないと』 「左之、さん・・・」 「ん?」 「千晴さん、もう行かないとって」 「そっか・・・俺の声は聞こえてんだろ?」 『うん、』 「・・・・・・私、ちょっと車に戻って―――」 「いい。なあ、この辺にいるのか?」 「・・・もう、一歩右に・・・」 『・・・ありがとう』 私は、見つめ合う二人を、少し後ろから眺めていた。 「千晴、お前に出会えて幸せだった。毎日が本当に楽しかったし、お前のお陰で、色んなものの見え方も、考え方も変わった。 出来る事なら本当に、一生、お前と添い遂げたいと思ってた」 目の前が、涙で滲む。 愛しい人、看取れなかった最期。 叶う事の無かった夢。 「俺があの時、お前に・・・っ、お前をっ、一人で先に行かせたから―――」 「・・・“違うの、違う。それは絶対に違う。誰のせいにもしないで”」 私は、嗚咽混じりに、彼女の言葉を出来る限りそのまま左之さんに伝えた。 ゆっくりと左之さんに近づいた千晴さんは、そっと優しく、頬に触れた。 「千晴、」 なんて酷な運命なのだろう。 私は一人、蹲って泣いた。 どうせなら私にも見えなければよかったのに。 左之さんにだけ、見えればよかったのに。 「“たくさんたくさん、悲しい想いさせてごめん。一人にさせてごめん。私も、あなたと一緒に居たかった”」 「お前は悪くねえだろ・・・」 「“彼女のお陰であなたがまた、ちゃんと笑ってくれるようになったのが本当に嬉しかったの”」 ・・・千晴さん、そんな風に思ってくれてたなんて――― 「・・・・・・っ、“笑ってて良いんだからね?”」 「千晴・・・」 「“彼女のこと、幸せにしてあげて”」 「“私を選んでくれて、ありがとう”」 「“左之を信じて良かった。私はとても、幸せだったよ”」 『なまえちゃん。ごめんなさいね、こんな辛いことさせてしまって』 「・・・ぜん、ぜん・・・」 『あなたも笑ってて?笑顔がとても素敵なんだもの』 『一つだけ、許してね?』 そうして、左之さんの頬にキスをすると、彼女はじゃあねと言って、見えなくなった。 「千晴さんっ!」 「・・・ん・・・」 暖かい。とても心地の良い目覚めだ。 「おはよ」 「・・・お、おはよう・・・ございます」 私を背中から包み込むようにしていた左之さんは、既に起きていたらしい。 「これ、一日遅れちまったけど」 「・・・?」 「クリスマスプレゼントな」 「えっ!!!」 私は、千晴さんのことがあるからきっと、クリスマスはスルーした方が良いと思って何も用意していない。 どうしてこの人は、こんなに・・・。 差し出されたのは小さな箱。 これはもしかして、もしかすると。否、もしかしなくても完全に――― 「手、出して」 箱から指輪を取り出すと、私の指にはめて、ぴったりだと笑った。 「・・・・・・で、ほら、お揃いな?」 「左之、さん・・・」 天井にかざした掌。 同じ場所に、お揃いの指輪が光る。 「ありがとうございます・・・でも、私、何も用意してなくて・・・」 「・・・何?」 「ご、ごめんなさい!」 「・・・・・・俺の願いをひとつ聞くってのでどうだ?」 「・・・願い・・・?」 「敬語、止めねえか?」 「・・・・・・え!?!?だって左之さんは私より年上で―――」 「左之〜」 「・・・・・・しばらく染みついたものでして・・・」 「じゃあ、今日敬語使ったらその都度キスするからな?」 「なんでまたそういうことを勝手に決めるんですかっ・・・!」 「あ」 「・・・・・・あ!」 しまった、と慌てて両手で口を覆うと、ニヤニヤと意地悪そうな笑顔で左之さん・・・左之、が私のその手あっさりと外してしまう。 「約束だもんな?」 「・・・・・・左之、や、やめて?」 私のささやかな抵抗はまったく無意味で。 話しが違うじゃないかと言えば、今のは可愛かったからしただけだと、子供みたいに笑った。 千晴さんの話は今でもするし、二人の思い出を辿るようにデートもたくさんした。 左之と千晴さんが二人で見たものを、私も一緒に見たかったからだ。 彼女に出会えて本当に良かったと思った。 左之の想いも、彼女の想いも、きちんとお互い吐きだす事が出来たのはもちろんそうだけれど、 何より、私自身、彼女に会って印象が変わった。もっとお嬢様のような人かと思っていたけれど、とても柔らかい雰囲気の素敵な人だった。 彼が好きになった人と、ほんの少しだったけれど話す事が出来たなんて、今でも信じられない。 そしてあの日彼女が着ていたワンピースは、私が持っているものにとてもよく似ていたのを今でも覚えている。 それから、時間はかかったけれど、私は自分の夢を叶える事が出来た。 左之に紹介して貰ったイベンターさんの会社にお世話になり、そこから。 主催者として、左之のバンドを呼んだこともある。 野外ライブの時は、千晴さんにもきちんと届いているかなって、届け〜って願いながら、私はいつも、空を見上げる。 last episode "ミルクティー" prev |