無事に付き合う事になったと、友人に伝えると、それはもう物凄いテンションで抱きついてきた。 おめでとう、だなんて祝福の言葉はどうにも照れくさくて、頬がゆるむ。 それでも心の中で引っかかってる千晴さんの事。 それはやっぱり打ち明けられなくて、私は言葉を飲み込んだ。 別に、お墓参りに行きたくない訳ではない。 むしろ、私もちゃんとご挨拶出来たら良いなって思うけど、千晴さんの気持ちを考えたら、どんな顔して行けばいいのか分からない。 相手の顔を窺う事なんてもう出来ないから、どこかで左之さんを見守っている千晴さんにとって、私はすごく邪魔な存在なのではないかと。 そう、だぶん、・・・少しだけ、恐い。 私がこんな風に考えていることを左之さんに伝えるのは躊躇われる。 だって、間違いなく、千晴はそんなやつじゃないから、という答えが返ってくるはずだ。 そうじゃない限り、私を連れて行こうとなんてしないだろう。 私の学校帰り、左之さんの仕事の前までの数時間、時々家にお邪魔するようになった。 一緒に買い出しに行ってご飯を作ってみたりだとか、ただくっついていたりとか、映画を見たりとか、音楽の話を聞いたりとか。 ほんの少しの時間でも、一緒に居られるのが嬉しかったし、私もバーにちょくちょく顔を出すようになった。 最初、一人で行くのは嫌だった。女性客と話をしている左之さんを横目に嫉妬だってしてた。 けれど、それに気がついていたらしい左之さんは、接客をしながらも時々私の方を見て、いつもの顔で、笑う。 それがすごくドキドキしたし、優越感みたいなものもあった。 あんなに綺麗な女性が目の前に居るのに―――、ちゃんと、恋人は私だって、思い知らされる。 彼は、私の事を好きなのだと、安心する。 「ライブ?」 「ああ、やっと来週告知解禁なんだが。まだ、友達に言うなよ?」 出来あがったばかりらしいフライヤーを受け取ると、そこには割と大きめの文字でバンド名が書かれている、それから。 ・・・・・・12月、25日。 ―――墓参り。千晴の命日なんだ。 良いバンドに出会えるかもしれないし、チケット代がもったいないから私は最初から最後までいつも見るようにしている。 まさか、左之さんのバンドが解禁されてからチケットソールドアウトだなんて、学園祭は本当にいいタイミングで呼べたなってドキドキした。 こんなにたくさんの人たちに応援されているんだって、嬉しいけれど、これ以上売れて欲しくないって、複雑な気持ちもある。 小さい会場に慣れているから、このキャパでのライブばかりになってしまうと、さすがに遠く感じてしまう。 階段を上り会場に入ると、天井の高さに驚いた。 「初めて来た、こ、これがキャパ1300・・・」 「うん、広いね・・・」 いつも小さい・・・広くても300くらいのところにしか来たことないし。 友人と一緒にぽかーんとあほ面晒してしまった。 「そこの二人ー、後ろつかえてんぞ」 「す、すみま・・・・・・!!!!!え!!!!」 「よっ」 「原田さん!」 「な、なんっ・・・!開場してる・・・!こんなとこに・・・え!?」 「飲み物買いに行ってきた」 ほら、と右手のミネラルウォーターを持ち上げてにこりと笑う。 いつもと変わらないその様子に、この人は緊張なんてしないんじゃないかって疑うほどだった。 ていうか、私たちに激しく視線が刺さっているのが痛いほど分かるんですけど・・・あああ・・・。 「飲み物くらいマネージャーさんに買いに行ってもらえばいいのに!」 「・・・はははっ!うちのマネージャーはマネジメントの仕事しかしねぇんだ。自分の事は自分でやるよ」 少しイラついたような口調の友人に、左之さんは声をあげて笑った。 ・・・たしかに、土方さんがメンバーのドリンク買ってる様子想像つかない・・・。 「今日バンド数多いから無理すんなよ、じゃあな」 そうして楽屋へ向かおうとしたところを、ファンの子たちにつかまっていた。 ファンとメンバーの距離感はたぶん、左之さんが一番分かってるんだろう。 私は無意識に手を伸ばしそうになってしまった。 けれどここは、そんなことをして良い場所では無い。 恋人とは言え、私はファンとしてここに居るのだから。 オープニングアクトの女の子たちも、なかなか好みだった。 このアウェイ感の中よくやり切ったな〜と思うけど、こういう素敵なバンドとの出会いがあるから、楽しい。 やはり目当てのバンドが終わると、ファンの子達は後ろへと下がって行く。 その隙を見て、少しずつ前につめていく。 後ろから見ててももちろん良いんだけど、やっぱり近い方が楽しい。 ・・・それに、左之さんはドラムだから後ろからだと角度によっては全く見えないんだもん。 セットチェンジの最中、こっちの方が見えるよって、友人と場所を入れ替わり、なんだかんだ良い位置をキープできた。 客電が落ちて、始まるSE、沸き立つ会場の空気に飲み込まれる、この感覚が好きだ。 始まる、始まる。 軽く音を鳴らしてから、メンバー同士でアイコンタクト、行くよっていう、合図。 そうして、沖田さんの右手が上がった。 瞬間。 鳥肌が立った。 両方のスピーカーから聞こえる音が反響して、上から音が降ってくる。 小さなライブハウスに比べたら音響が良すぎる、否、さっきまでも見ていたんだからそんなの分かってる。 そうか、これは演奏のレベルの差かもしれない。見る度にどんどん良くなってる。 ライブに来る度に、わくわくする。だから、また、次も、次もって期待してしまう。 楽しそうに演奏する左之さんを見つめて、涙がじわりと浮かんだ。 episode23 "いとおしくて" 「あの、前に誘われてた件なんですけど・・・」 「ん?」 この前会った日。 シャワーを浴びて出てきた私は、おそらく次会うのがライブ当日―――千晴さんの命日になってしまうと分かっていたから直接言いたくて。 肩にかけていたタオルに、ぽたぽたと髪から雫が伝う。 それに気づいて、私の髪をタオルでガシガシと拭きながら、急にどうしたのかと心配そうな声が聞こえた。 「風邪ひいちまうだろ、どうし・・・」 「千晴さんに、ご挨拶、したいです」 目を丸くして驚いた左之さんの手が、ぴたりと止まった。 「・・・あ・・・・・・ははっ、何も言わねぇからもう諦めてたんだが」 「遅くなってすみません。本当はたぶん、もっと早く行っておいた方が良かったのかも知れないですけど、私・・・」 「無理しなくていいんだからな?」 少しだけ腰を落として、私と目線を合わせた彼は、優しく微笑む。 「そもそも、なまえと千晴はなんの関係もねぇんだ。ただ、これは、俺のわがままだったかもしんねぇなって、言って実は後悔してた」 「そんなこと・・・!」 否定したくて、私は慌てて首を振った。 優しい掌が、私の頬に触れた。 「・・・俺はちゃんと幸せだって、伝えてやりたくて」 「そん・・・・・・、」 一瞬見えた気がした左之さんの潤んだ瞳は、突然のキスで見えなくなった。 あなたのその、悲しさと、辛さと、苦しみと、私が一緒に分かち合いたい。 あなたの隣で私が、私の隣であなたが、これからも、心から笑い合えるように。 千晴さん、あなたに会いに行きます。 prev next |