「私がね、お付き合いをしている人がいるって言ったら、連れて来いって言うのよ?」

くすくすと、色白の彼女は肩を揺らせて笑っていた。

日差しを遮る為のつばの広い帽子がとてもよく似合っていたのを覚えている。



episode1 "赤いあなた"



友人のインターン先で受付をしていたのが、千晴だった。

就職活動など、必死でする理由も見当たらなかったし、正直音楽でやって行こうと思っていた俺には無縁だった。

しかし、その友人を介して飲み会で知り合い、俺が一目惚れをして。

“運命だ”なんて、口説き落とした気がする。彼女も、“運命なら信じてみようかな”なんて優しく笑ってくれた。




年上の彼女の隣は居心地が良かった。

料理はもちろん、家事全般完璧だったし、「すぐにでも嫁に行けるんじゃないか」と言ってやれば、「誰かさんが貰ってくれるっていうならね」。

付き合って半年足らずで、結婚したいとずっと話していた。同棲まではしなかったが、お互いの一人暮らしの家をずっと行き来していた。

結婚するならば、彼女のご両親に挨拶に行くのにさすがに夢追いのフリーターではまずいだろうと、

大学1年の頃からやっていたバイト先のバーの店長に頼み込み、卒業後は正社員として雇用して貰える事になった。

それを、彼女が両親に話したらしい。

良いとこのお嬢様という訳ではないが、育ちの良さは彼女の上品さから見てとれる。

付き合った時も、俺より年上の癖に、「左之が初めての恋人だよ」なんて、恥ずかしそうに言っていた。

大切にしてやらなくてはと、俺以外見えなくなるくらい、必死で愛していたのに。




『原田君かね?』

「はい・・・そうですが」

彼女の携帯からの電話にいつも通り出てみれば、知らない男性の声が聞こえてきた。

無論、嫌な予感しかしなかった。

『突然すまないね。千晴の父親だ。・・・千晴と、付き合っていたそうだね』

「はい、1年程前から、お付き合いをさせていただいています」

『落ち着いて、聞いてくれるか』

その、先の言葉など、聞かずとも想像がつくが、違うと信じたくて。

彼が何故、“付き合っていた”と過去形にしたのか。

がくがくと震える右手を、左手で支えながら、ゴクリと唾を飲み込んだ。

『千晴が―――』














その日は、二人で彼女の実家へ向かう予定だった。

しかし、急遽バーで貸し切りの仕事が入ってしまい、翌日一人で向かうからお前は先に帰って顔を見せてやれと、俺が言った。



俺が、言った。



俺の、せいだ。




「違うんです、俺が、俺が・・・っ!」



「原田君、自分を責めないでくれ。千晴は君の話をするとき、いつも幸せそうに笑っていたんだ」



彼女の優しいところは、きっとあなたに似たんですねと、言えなかった。

冷たくなった彼女の前で泣き崩れている俺の傍で、彼が一度も涙を流さなかったのは、俺を赦していないからだと、感じたからだ。





『真黒な服は嫌いなの。だって、気分が落ち込んでしまうでしょう?』




いつも、白い服ばかりを好んで着ていた彼女の前で、俺は彼女の嫌いな真黒な服に身をまとって、何をしているんだと、自分を責める事しかできなかった。

自分を責めて居れば、少しでも罪が軽くなるのではと思ったのかもしれない。

ちゃんと罪悪感を感じているんだと―――









「ねえ!聞いてる?左之さん!」

「ああ、悪ぃ、何の話だ?」

「だから、この前のライブの話!」

音楽は辞めずに続けている。

バーの仕事も。

彼女の命日には必ず休みを貰って、墓参りもしている。

24歳になった今年は、彼女の3回忌。まだ、当時の彼女の年齢にも追いつかない。

「新曲、すっごい良かった!ねっ!なまえもそう思うでしょ?」

「う、うん・・・」

「そっか、そりゃ良かった」

「左之さん!そろそろだって!」

「ああ、今行く・・・じゃあ、今日も楽しんでってくれな」

呼びに来てくれた平助の後ろについて、話していた彼女達に手を振った。




何処かできっと、千晴が聞いてくれていると信じて、今日もまた、ステージへと向かう。






『いってらっしゃい、左之!』

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