出口はここしかない。

店の前でなまえを待っていたが、タバコ二本余裕で吸い終えてしまった。

もう一度店に戻って声を掛けるのはおそらく簡単だが、急かしたい訳じゃない。

彼女が来たら、何か冗談の一つでも言って笑わせてやろうかとか。

その手を繋いでしまおうかとか、呑気にそんなことを考えていた。


仕方がない、もう一本、とシガレットケースに手を伸ばした時だった。

「なまえ―――」

やっと来た、と、浮かれたのは一瞬。




だって、どう見たって、泣きそうな顔にしか見えなかったんだ。




episode16 "愛の進路"




「なまえ?」

「あの・・・・・・」

「大丈夫か?」

「・・・・・・はい」


大丈夫なわけ無いだろう。

まあ、大丈夫じゃなくたって、こいつは頑なに言わなそうだ。

何があっても“大丈夫です”って、無理して笑いそうなやつなんだ。

そんな顔なんてして欲しくないと言うのは簡単だが、こんな自分勝手なこと言えるはずもなかった。


出てくるまでに時間がかかっていたことと何か関係でもあるのだろうか。

一体何があったのか、聞いたほうが良いのか、聞かないほうが良いのか―――


「行き、ましょうか・・・?」

「え、あ・・・ああ」

言われて、火を点けていないタバコを慌ててしまった。




・・・目を合わせないのは、俺のせいか?




「どこか行きたいところ、あるか?」

「・・・・・・いえ」

「そうか」

なんだかこの微妙な空気感のせいで、彼女との距離が出来ている気がする。

もっと近づきたいと、もっと知りたいと思っていたのに。

もう一度誰かを好きになれるなら、こいつが良いって、そう思ったのに。

二十歳の誕生日、10代から大人になったそのいつもとは違う誕生日を、特別にしてやりたくて。




のんびりと走る各駅停車。

空いている車内で隣同士座ったその距離が思ったより近くて、少しだけ緊張した。

いつもなら簡単に踏み込めるのに。

どうしてかこいつは、大事にしてやらなきゃいけないって、そう思わされる。

ちらりと隣を見れば、膝の上の手をぎゅっと握り、じっとそれを見つめたまま、口を開こうとはしなかった。



結局、ただぼんやりと電車にゆられていただけだった。



電車から降りて、彼女を連れてきたのは人気のない静かな海。

さっきまでものすごい人ごみの中にいたんだ。

それに、何もないこういう場所の方が、こいつは好きなんじゃないかって。


「なまえ」

「・・・・・・」

「なまえ?」

「っ・・・はい!?」


もちろん、千晴のことを忘れてなんていない。

いや、忘れられるわけなんてないし、忘れる気だってない。

それでも誰かにそばにいて欲しいと思ってしまう。



“幸せになってね”



きっと彼女ならそう言ってくれるって、最近やっと、思えるようになった。

それは多分、こいつのおかげだ。




最初は、ただなんとなく似てるなって思っただけだったのに。




・・・いつの間に。




今だってこうして、何かを抱え込んでいるなまえのことが気になって仕方がないし、出来ることなら笑顔にしてやりたい。




本当、いつの間に―――。




「なまえ」




いつの間に、好きになっちまったんだろうな。






「・・・・・・っ」





触れようと伸ばした手を、かわされた。


あからさまに、避けているようにしか見えなくて。


あの時重ねた手のひらも、触れた頭も、指先も、いちいち覚えてる。


なのに、何で―――



「どうして、」



「・・・・・・それは、俺も聞きたい」



俯き、首を振って。

ぽつりぽつりと、話出した。

その言葉一つ一つを、こぼさないようにしっかり受け止めなくてはと、じっと彼女を見つめていた。



「もう、私、わかんなくて・・・・・・考えれば考えるほど、頭の中、ぐちゃぐちゃで・・・どうしていいか」

「なまえ、なぁ、ゆっくりでいい、話せるか?」



俺を見上げたその瞳は、瞬きをすればすぐにでも涙がこぼれそうなほど溢れていた。



「恋人が居るって、本当ですか・・・?」


震えたその声が、どれだけの勇気を振り絞ったのかなんて、今までのこいつを見ていれば痛いほど分かる。

何でこんなこと言わせることになっちまったのか。


ただ、“居ない”と、そう否定すれば済むだけの話だった。

・・・・・・千晴はこの世にはもう居ないが、別れを告げたわけではない。

俺は、この事実を彼女にきちんと説明してやらなくてはと、どこから話せばいいか考えていた、その間がまた、彼女を不安にさせてしまったらしい。




「・・・本当、なんですね?」


「おいっ、なまえ!」


「ごめんなさい、私・・・涙が、止まらなくて・・・っ」




ただ、強く、強く。


彼女をこの腕に抱き締めた。


大丈夫。


俺の想いは、決まってる。





「俺が今一番愛しいのは、お前だ」


「・・・・・・っ」



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