ベッドの上、うとうとしながら携帯を握りしめていた。 疲労困憊、正直すぐにでも瞼が降りてきて寝てしまいそうなくらいの状態で、今必死に眠気と戦っている。 『楽しみにしてろよ、な?』 思い出したその笑顔に、今私の顔はだらしないほど緩んでいる筈だ。 学園祭の準備は前日である今日まで。 明日というか、数時間後がついに本番の―――つまり私の誕生日だ。 普段なら、すぐに眠ってしまうんだけど、原田さんが言ったその言葉が忘れられなくて。 もしかして、誕生日になった瞬間にメールか電話をくれるんじゃないかって。 そんなわけないよな、でももしかしたら・・・。 ずっと頭の中でぐるぐると巡るその考えに、私はベッドの上で溜息をついたり、ニヤニヤしてみたりを繰り返していた。 自分の誕生日をこんなに心待ちにした日は今までなかった。 二十歳。 響きは大人だけれど、全然実感がない。 大人と子供の境界線なんて、曖昧だ。 ・・・原田さんと、私の境界線も、たぶん、曖昧だ。 「おはようございまーす」 メンバーみんな揃って集合場所である会議室にやってきた。 この場所で何度も打ち合わせを重ねて、今日を迎えた。 ついに当日、終わってしまうことが寂しいけれど今はただ、わくわくの気持ちが上回っている。 何より――― 「なまえ、おはよう」 「原田さん・・・あの、今日はよろしくお願いします」 「ああ、よろしくな」 そう言って笑った彼の笑顔が、本当に太陽みたいにキラキラしていて、どうしていいかわからなくて、結局また、ぺこりと頭を下げる。 ・・・と、下げた私の頭に、優しく触れた手のひら。 ぽんぽんと撫でられ、慌てて顔を上げると、 「その・・・」 「・・・え?」 「髪型、可愛いな。似合ってる」 「・・・・・・っ」 今日は特別な日だから。念入りにメイクをして、何度も鏡を確認した。 きっとたくさん動くだろうからと、髪は、邪魔にならないようにとまとめておいた。 だから別に、そんな言葉を言ってもらえるだなんて思ってなくて―――なんて、嘘。本当は期待してた。 ただ、その言葉が欲しかっただけ。 “可愛い”って、言って欲しかっただけ。 「じゃあ、後でな」 そう言って向けた彼のその背中は、初めて見たあの日と少しだけ違う気がした。 私は熱くなってしまった頬を隠すことも忘れてただ、あなたを見つめていた。 会場であるグラウンドにはお客さんが集まり始めている。 いつも見かけるファンの子も、クラスの友達も、他のバンドのファンの人も。 こんなにたくさんの人が見に来てくれるなんて。 「みょうじさん・・・?」 ステージの裏から顔を出したところ、ちょうどこちらにやって来た彼女の顔に見覚えがあるなと、一瞬記憶をたどった。 「・・・あ、片桐さん」 「久しぶり!よかった、会えて。大盛況だね」 もうすぐ彼らの出番だ。 先輩の高校時代の後輩にあたる彼女―――片桐さんは、ベースの斎藤さんの幼馴染。 以前、一度だけライブハウスで会ったことがある。まさか覚えていてくれると思わなかったから、少し嬉しかった。 「私も楽しみにしてたんだー!みょうじさんはまだ忙しい?」 「えっと、ちょうど休憩なので」 ・・・と、いうか、休憩にしてもらった。 彼らのライブはじっくり見たいから、その間だけ。 「よかった!えっと・・・一緒にいてもいいかな・・・?一人で来たから、ちょっと寂しくて」 「え・・・あ、もちろん、私でよければ・・・」 「ありがとう!」 そうして、ぱぁっと明るくなった表情に、可愛いなって、思った。 私も、原田さんの目に、こんな風に映って居たら良いのに。 始まったライブに、音を聞きつけてまた人が集まってくる。 さらに、盛り上げるのがうまいキーボードの藤堂くんのお陰でみんな楽しそうだ。 私自身、まさか本当にこうして形になるなんて、今目の前の現実ですら信じられない。 出番が終われば大きな拍手がいつの間にかアンコールの嵐に変わっていた。 まだこの後に出演するバンドがいるっていうのに。 ・・・・・・どうしよう、すごく嬉しい。 皆にこうやって共感してもらえたこと。 何だか目頭が熱くなってきて、じわりと浮かんだ涙を誤魔化すように俯けば、隣で片桐さんが優しく名前を呼んで、私の肩をさすってくれた。 「ごめん、なさい・・・」 「分かるの、私も。多分、同じ気持ちだから」 彼女は彼女で、きっと色んな思いを抱えて斎藤さんを応援しているんだろう。 「ねえ、ありがとう。こんな素敵なイベントに呼んでくれて」 「・・・・・・」 私なんて、感謝されるようなこと何もしてないよ。 心の奥、灯った幸せの気持ちが消えてしまわないように、私は必死で涙をこらえた。 「お疲れ様でしたー!」 大盛り上がりを見せたイベントもあっという間に終了した。 あんなにたくさん時間を掛けてやってきたのに、たったの数時間で終わってしまうなんて。 寂しいけれど、ものすごい充実感でいっぱいだ。 「なまえ、お疲れ」 「・・・原田さん、お疲れ様です」 今日は私の方が忙しくて、原田さんとあまり話せなかった。 ファンの子達と話しているのにモヤモヤとしながら、彼がどこにいるのかを視界の端に捉えてはいたけれど。 「それ・・・・・・」 乾杯、とグラスを合わせたものの、私の手の中の飲み物を不思議そうに見つめていた。 「あ、これは・・・ウーロン茶です」 「・・・・・・なんだ」 二十歳になったのに飲まないのか、そんな顔をしている。 原田さんに誕生日おめでとうって言って欲しいけれど、無理やり言わせるのも何だか嫌で、言うのをやめた。 私が初めて飲むお酒は、あなたに作って欲しいんです。 だ、なんて。 「・・・・・・なまえ、このあと予定あるか?」 ―――え? 心臓がバクバクと高鳴り出した。 一体なんだろう、このあとに何があると言うんだろう。 もしかして、もしかしなくても。 ねえ、今日一日ずっと楽しみにしてたんだけど、もしかして、それなの? 今日が終わるまで、まだ時間はかなりある。 「・・・い、いえ」 そう言った私に、じゃあ決まりだ、と原田さんがグラスのビールを煽った。 「・・・外で待ってる」 「あ・・・えっと、あの・・・・・・はい」 だって、断る理由が見つからない。 帰り支度をして、メイクを直さなくてはとトイレに向かえば、後ろから片桐さんが追いかけてきた。 「みょうじさん!」 「はい?」 「・・・あの、ちょっとだけ良い?」 「どうしたの?」 「もしか・・・しなくても、みょうじさん原田さんのこと、好きなのかなって」 「えっ・・・!?や、あの、私はっ・・・べ、別に・・・っ」 「・・・顔、真っ赤だよ?」 「・・・・・・」 これ以上否定したところで多分、肯定にしかならないだろうと、私は諦めてこくりと頷いた。 「そっか・・・・・・なんとなく、そうなんだろうなーって、初めて会った時から実は思ってた」 「嘘・・・顔に出てる?」 「っていうか、・・・恋してる顔してる」 何故か片桐さんはそう言いながら、困った顔をして笑っていた。 自分にも思い当たる節があるのだろうか――― 「あのね、それでなんだけど」 「・・・?」 「私、みょうじさんともっと仲良くできたら良いなって思うし、傷ついて欲しくないから言うんだけど」 「何?」 「・・・本当は言うのも少し迷ったんだけどやっぱり、知らないふりをするのはどうかなって思って」 「ごめん、全然分からないんだけど・・・」 「・・・原田さんは止めておいたほうが良いかも」 「ちょっと待って、どういう―――」 「彼女、居る人だから」 嘘――― 頭の中が真っ白になって、どうしていいのか、わからなくなった。 episode15 "歪んだ太陽" あなたは、原田さんの何を知っているの? prev next |