目の前に差し出された、スマートなグラスを彩っていたのは、綺麗な紅色。 そのグラスを見つめながら、隣で友人が“私もお任せすればよかった”と、少しだけ口を尖らせた。 「ティーソーダ。夏はやっぱ炭酸だろ?ストロベリーシロップ入れて甘くしてあるから飲みやすいと思うぜ?」 カクテルって、勝手に振って作るものだとばかり思っていたから、少しだけ驚いた。 「ねー飲んでみなよ〜!ほら〜」 「・・・もったいない、」 あの原田さんが私のために作ってくれたのが嬉しすぎるし、それを飲み干してしまうのがなんだかもったいないな、と私はカバンから携帯を取り出した。 思い出を、鮮明に残しておきたい。グラスにカメラを向けて、写真におさめておいた。 その、先の。 カウンターに置かれていた原田さんの手も、一緒に。 私の様子を眺めていた原田さんは、 「いつでも作ってやるけどな?」 なんて、からかうように笑った。 それに乗っかるように、友人が、意地悪そうな笑顔で私の顔を覗き込む。 「ねえ!いつでもだって!」 私の肩をバシバシと叩きながら、興奮気味にはしゃいでいる。 もしかしてもう酔いが回っているんじゃないかと呆れてグラスを見れば、あっという間にジントニックが半分以上減っていた。 大学の飲み会じゃないんだから・・・正直そんなことを言う隙もなかったけれど。 「もー、酔っ払い・・・ちょっと声大きい。ペース早いってば」 「だって、美味しくて!居酒屋のカクテルなんてもう飲めないかも〜」 「あっははは!そりゃどうも」 ああもう、居酒屋と比べるなんて失礼すぎる、と思ったけれど酔っぱらいの言葉をいちいち拾っても仕方がないと、やめておいた。 笑ってくれた原田さんは本当に優しいと思う。あとでこっそりメールで謝ろう。 ・・・こっそり、メールで。 なんだか特別な気がして、思わず頬が緩んでしまった。 「・・・あ、れ。ごめん、親から電話だ」 「え、」 「ちょっと外出てきますね。ごめんねなまえ」 そう言って、携帯を耳に当てながら鞄を肩にかけ、店を出た彼女の背中を見送った。 ―――嘘。携帯のディスプレイ、光ってなんて無かった。 最初から、そのつもりだったんだろうか。 どっかのタイミングで、私を原田さんと二人にさせようって。 幸い他にお客さんは居ないし、もうひとり居たバーテンさんは休憩なのか交代だったのか、いつの間にか居なくなっていた。 友人が空にしたグラスの、まだ大きな氷が音を立てた。 その瞬間の静けさに、本当に二人きりだということに気づかされてしまって、心臓がいうことを聞いてくれなくなった。 じわじわと早まる鼓動に、私はただ、じっと目の前のグラスを見つめることしかできなくて。 何を、言おう。 さっきまで何を話していたんだっけ。 続きを紡ぐことが出来れば良いのに。 それすらも頭から飛んでしまって、ただ、心臓の音に急かされている。 急に黙り込んだりして、変なやつだと思われていないだろうか。 つまらない女だと、思われて――― 「なまえ」 「は、いっ・・・」 「大丈夫か?」 「え・・・」 「具合、悪いのか?」 名前を呼ばれて顔をあげれば、心配そうな顔をして原田さんが私を見下ろしていた。 いつも余裕たっぷりな彼の、新しい表情が見れた気がして、ほらまた、心臓が喜んでる。 「い、いえっ、あの・・・元気、です。なんでも、」 「何でも無いことねえだろ?顔、赤く見えるぜ?」 「や、その・・・っ」 わかってて、言っているんだろうか。 私があなたに、酔っている事。 「本当に、大丈夫か?」 ただ、じっと原田さんを見ていることができなくて、また私は、グラスに視線を落とした。 「熱は?」 ・・・え、 カウンターの向こうから伸びてきた手が、私の前髪をさらりとかき分け、避ける間もなく、私に触れた。 頭を、軽く撫でられたことがある。 この間、アイスをあげた時に、指が少し触れたのも、覚えてる。 でも、それよりも。 それ以上に。 ぴたり、と私の額に触れた彼の体温が、とても優しくて、涙が出そうになった。 触れられたその箇所が、熱い。 この手を、繋げたら良いのに。 この手で、抱きしめてくれたら良いのに。 この手が、ずっと触れていてくれたら良いのに。 「なまえ・・・・・・」 「左之ーーっ!!」 バタン、と豪快に開いた扉の音に驚いて、私は思わず、肩を揺らした。 「・・・っ!?」 「し・・・新八っ、」 さっきまで感じていた原田さんの手のひらが離れたのに気づいて、慌てて前髪を手櫛で整えた。 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「あん?なんだよ、なあ・・・・・・え?・・・え!?」 原田さんの大学時代の同級生だそうだ。 そしてまさか、あの店の店長さんだなんて、正直驚いた。 いや、扉の開け方にも驚いたし、本当言うと、もうあと少し遅く来てくれたら良かったのにって思ってしまったとはさすがに言えるはずなんて無かったけど。 「店長さん、だったんですか。私あの箱、とても好きなんです」 「お、嬉しいねぇ、そう言ってもらえると」 「よく行くんです。素敵なブッキングが多いし、音も良いし」 「なあ左之、聞いたか?」 「・・・・・・あ?」 カウンターの中でグラスを磨いていた原田さんは、少しだけ不機嫌そうな顔を、永倉さんに向けていた・・・気がする。 はっきりとそう言えないのは、私がやっぱり、原田さんの顔を見れなかったから。 なんとなく雰囲気が、そんな気がしただけ。 episode13 "TORO" “今日はありがとうございました。 結局友人の分までご馳走していただいてすみません。 今度は、お酒が飲めるようになったら、またお伺いさせてください” 家に着いてからそうメールを送れば、直ぐに返事がきた。 “いつ二十歳になるんだ?” 心臓が、破裂するんじゃないかと思った――― prev next |