あれから何度か、原田さんとメールをした。

決まって返事はいつも私が眠っている夜中。

目が覚めて携帯を開いて、彼からのメールが届いていることに朝からベッドの中でニヤニヤする。

小さな携帯をぎゅっと抱きしめて、ジタバタする。



「・・・・・・大好きー・・・、へへ」



本人の前でなんて決して言えない、その言葉を私は毎日つぶやくのが癖になった。



episode11 "HORIZON"



今日の授業は5限まで。

18時から委員会があるからどこかで時間を潰さなくてはいけないと、私はとりあえず3号館を出て、近くのコンビニへと向かった。

「暑い・・・」

まだまだ夏の暑さが照りつける。

涼しい会議室から見る入道雲はわりと好きなんだけれど、どうしても真夏の日差しが苦手だ。

肌の中にまで熱が刺さっている気がして。

そんな暑さを中から冷やすのには、大好きなアイスしかないな、それも、シャーベットみたいなさっぱりした奴がいい。

棒付きのアイスを買って、体の中を冷やしながら図書館にでも行こうと、コンビニを出た。

開けたアイスの袋をコンビニ前のゴミ箱に捨てて、また大学に戻ろうとしたその瞬間だった。

どうしていつも突然なんだろう。それも、気を抜いているタイミングで。

思わず、しゃんと背筋が伸びてしまった。

見間違うわけがないと、自信がある。

だからこれは、夢でも何でもないし、嘘でもない。


溶け出したアイスが、棒を伝って私の手を濡らした。

「わっ・・・・・・」

ヒヤリとしたそれに気を取られて手元を見つめれば、目の前の彼が、笑った。

「大丈夫か?」

「えっと・・・・・・はい」

溶けかけたアイスがこれ以上溢れないようにと、下の部分を拭うようにぺろりと舐めた。

カバンの中からハンカチを取り出して、少しベトベトする手を慌てて拭けば、サングラスを外した彼が、暑いな、と呟いた。


・・・どき。


Tシャツから覗くガッチリとした腕と、サングラスを持つその手。

「溶けるぞ?」

「・・・・・・・え、あっ!?」

私は慌てて、アイスをやっと食べ始めた。

しまった、見とれてた。

「良いな、涼しそうで」

「あ、食べます?」

「・・・・・・」



驚いた顔をした原田さんが私を見つめてた。

しまった、と思ったときにはもう遅い。

いつも友達のを一口もらったりとか、食べさせあったりとかやってるから、つい。


「ごめんなさいっ、その、」


なんでもありません、そう否定しようとしたのに。


「じゃあ、交換」

「へ・・・!?」


さっきまで彼がかけていたサングラスを私にかけると、ひょい、とアイスを取り上げて一口かじったらしい、シャリ、といい音が聞こえた。

「原田さんっ・・・あのっ」

「似合わねえな、はは」

「え!?・・・わっ」

ごちそうさんと言うと、私にかけたサングラスをすぐに外した。

「あの、今日はどうして・・・・・・」

「あ、打ち合わせだろ?」

「え!?私間違えてお伝えしてしまいましたか!?」

「・・・・・・は」

また、ポタリとアイスが滴った。




「・・・・・・下見に来たってことにするから、気にすんな」

「えっと、あの、本当に本当にごめんなさいっ!!」

「いや、だから良いって。どっちみち、少し早く来て下見するつもりでこの時間に来たんだ」

とりあえずアイスを先に食べてからだな、なんて私の頭をくしゃりと撫でた彼は、コンビニ横のガードレールに寄りかかった。

すぐに食べなくてはと、私はバクバクとアイスを口に運んでいたら、頭がキンとしてしまって、こらえている様子に“ゆっくりで良いって”と笑われた。

そうして、送ったメールを読み返すと、確かに私は日にちを間違えて原田さんに連絡をしていたみたい。

「わざわざ来ていただいたのに、本当にすみません・・・」

「せっかく来たんだ、案内してくれよ」

「え・・・・・・」

「大学。久しぶりなんだ」

「は、はい・・・」

「よし、行くか」

私の頭にポンと触れて、彼は歩き出した。

手のひらとその背中に、どきどきとしている私。

それから、原田さんには申し訳ないけれど、間違えてメールをしてしまった数日前の自分を心から褒めたい。

だって、会えるなんて思ってなかった。

次のライブまでしばらくあるし、原田さんの働いているバーに押しかけるわけにもいかないし。というか、そんな勇気、ないし。

「なまえ?」

「え、あ・・・はいっ」

汗ばんだ手のひらを、こっそりとスカートで拭って、彼の背中を追いかけた。

手なんか繋ぐわけないのに。





大学の中をぐるりと一周。

学食と、それから、ライブをやる予定の会場でもあるグラウンド。

自分の通っていた大学と似ている、とか、学食はやっぱり安いなとか、本当にそんな他愛もない会話をしていただけなのに、隣にいる原田さんに私は終始ドキドキしていた。

すれ違う大学の子たちが、チラチラと私たちを見ていたその視線はなんだかとても恥ずかしかったけれど、少しだけ優越感を感じている自分。

もしかして、もしかすると、恋人同士に見えたりとか・・・しない、かな。

デートだなんて言えないかもしれないけど、授業一コマ分、私は原田さんとずっと一緒にいた。

ライブハウスにいるときは、セットチェンジの間とか、ライブの前と、後。

それくらいしか時間がないから、こんなにゆっくり話すことなんてできないし、それに、ほかのファンの子だっているから、ずっと一緒になんて、ありえないって思ってた。

気がつけば、6限が終わるチャイムが鳴った。

「・・・お、もうこんな時間か、悪いな」

「いえ、私こそ・・・すみませんでした」

ペコリと彼に頭を下げて、校門まで送りますね、と歩き出す私を引き止めるように、彼が呟いた。



「本当は・・・知ってたんだ、今日じゃないことくらい」



―――え・・・?



「ちゃんとマネージャーから連絡回ってきてるからな」

「じゃあ、何で・・・・・・」

「何で、だろうな」

なんだか切なそうな顔をして笑った彼に、それ以上は何も聞くことはできなくて、私はただ“おかしいですね”なんて、笑うのが精一杯だった。



お前に会いたかったんだ。

そんな言葉を期待している自分。

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