忘れられるわけなんてない。 守れたんじゃないかとか、あの時こうしていればとか、ああ言わなければとか、後悔ばかりを繰り返している。 彼女を想い続けることが唯一俺ができる償いだと思っていた。 episode9 "サマーメランコリック" 「あー・・・くそっ」 あと3本、残っていたはずのタバコがいつの間にかなくなっていた。 昔は彼女が止めてくれたのに、最近は無意識で手が伸びてしまうことがよくある。 何を考えるでもなく、ただぼんやりと、吐き出した煙を眺めながら、かすかに聞こえる平助たちの笑い声に少しだけホッとしてる。 「えー!?デザートなんて頼まれてないよ!」 「甘いもん食いたい〜」 「葵ちゃんならちゃちゃっと作れそうだけどね」 「お前らは、さっさと風呂に入って寝ろ」 久しぶりに“楽しい”と思えること・・・ドラムはずっと続けていたが、このバンドの雰囲気は心地いい。 初日の今日だけでも、メンバーそれぞれの特徴がかなり掴めた。 明日の練習も、次のライブも楽しみで・・・・・・ ―――そういや、あいつ、次もライブ来るよな? 「左之さーん!風呂行こうぜ!」 先程までリビングで騒いでいた平助がテラスに顔を出した。・・・まだ肉のいい匂いがする、と食い足りなそうな顔でボソリと呟いた。 「一人で入るのが怖いのか?」 「は!?ち、ちげーよ!こんな機会滅多にないだろ?男同士の話!」 「そうだな。・・・総司は?」 タバコを灰皿に押し付けて、リビングに戻ると、ソファで携帯をいじっている総司が目に入ったので誘ってみたが、 「え?僕?そんな暑苦しいことに誘わないでくれる?」 ちらりと一瞬視線をよこすも、すぐにまた携帯をいじりはじめた。 ああ、そうだな、こいつはこういうやつだ。 「斎藤・・・・・・」 も、誘ってくれるな、という顔をしてこちらを見ていた。 そして、後ろでため息をついた平助が呟いた。 「・・・・・・だから左之さん誘ったんだって」 平助と風呂で話していた声が大きすぎると、斎藤に怒られた。 もしかしたら、リビングまで筒抜けで、片桐さんが居心地悪そうにでもしていたんだろうかと、軽く謝ってはみたものの、真っ赤な顔して怒鳴り込んできた斎藤のことだ。 おそらく聞き流そうとしていた会話を総司にでも拾われたんだろう。 ・・・・・・まだ経験の少ないらしい平助の質問に、真面目に答えていただけだったんだが。 「はじめくんはさ、あんまイヤラシイこととか考えなさそうだよな」 「いや、・・・あいつはむっつりなだけだろ」 「・・・・・・ああ!」 妙に納得したらしい平助がうんうんと大きく頷いた。 「そういや左之さんは最近どうなんだよ?」 「どうって、まあ・・・なあ」 「俺あんまり周りのこと気づかないって言われるけど、左之さんがあの・・・・・・なんつったっけ、ほら、よく来るさ・・・」 「どこに?」 「だから、ライブに来る、ファンのさ・・・・・・うーん、」 一生懸命名前を思い出そうとしている平助に、何故だか秘密がバレたような気がして、少しだけ鼓動が早くなった。 「・・・勘違い、だろ」 腑に落ちないらしい平助の表情が、顔を見ずとも分かってしまって、先に風呂から出た。 気まずいわけではない。 ただなんとなく、そう、思いたくなかった。 平助にまでわかるくらい、態度に出てしまっているんだろうか。 「・・・・・・あー・・・」 忘れてた、タバコ。 明日まで我慢・・・・・・いや、買いに行くか。 「ちょっと出てくる」 「こんな時間にですか?」 「・・・深夜のドライブ、片桐さんも行くか?」 「え!?」 「左之、タバコくらい一人で買いに行けるだろう」 「・・・はいはい、じゃあ行ってくるな」 「いってらっしゃい」 「・・・・・・」 「?」 「・・・・・・もう一回・・・」 「左之・・・」 「・・・・・・冗談だって」 正直、少し懐かしいなと思ってしまった。 “いってらっしゃい”とそう見送ってくれていた彼女。 あの日もたぶん。 最後に交わした言葉だった気がする。 ようやく見つけたコンビニで買ったタバコに、車に乗り込むとすぐに火をつけた。 案外、自然のなかだからなのか夜はそこまで暑くはない。 車の窓を開け放したまま、アクセルを踏んだ。 あと6日。 開けたらすぐにライブ。 あいつ・・・・・・来る、よな。 「・・・ん、俺」 さっきも同じこと考えてた。 彼女を想い続けることが唯一俺ができる償いだと思っていた、のに。 「はあ・・・」 prev next |