―――・・・だって、義理じゃないもん。


そう言ったなまえの顔が忘れらんなくて、思わずニヤけてしまいそうになる頬を必死で抑えていたけれど、たぶんきっと、意味なんて無かったんだと思う。




episode6 "まばたき"



2月下旬。

既に大学は春休みに突入している。

3月のレコ発に向けて、今日も13時からスタジオ。

結局昨日も、あの日のなまえの言葉を思い出して色々考えていたら逆に目がさえてえしまってなかなか寝付けなかった。



ふと、引き戻された朝の寒さに身体を震わせて、自分の体温でまだ温かい布団にもぐりこんだ。

そういえばと、ちらりと顔を半分出して部屋の時計に目をやると、9時を過ぎたところらしい。

「・・・んだよ」

目を覚ましてしまった自分に悪態をつきながら、もうひと眠りしようとまたゆっくりと目を閉じようとした瞬間だった。

「・・・・・・んー?誰だよ、朝っぱらから」

もぞもぞと、枕もとで鳴り響いていた携帯に手を伸ばして、ディスプレイに表示された名前に、もしかして俺は夢の中で二度寝しようとしているところなのではないだろうかと一瞬疑った。

けれど、冷え切った部屋は間違いがないし、時計の針の音だって、いつも通り。もぐりこんだ布団の中で通話ボタンを押した。

「もしもし」

『・・・平助?』

「・・・ん」

そう言えば、電話で話すの、始めてかも知れないと、耳元から聞こえるなまえの可愛い声に、耳をすませた。

『もしかして、寝てた?』

申し訳なさそうな彼女の声に、これが夢だとしても幸せだと、重い瞼を閉じてそれをかみしめる。

「悪ぃかよ・・・だって、朝だろ」

『・・・ごめんね?』

「・・・・・・いいよ。お前からのモーニングコールってことで」

実際は、電話が来る前に一度目を覚ましていたから、起こされたわけではなかったけれど、それも、良いかなって思った。

でももし、彼女の電話を予感して目を覚ましていたのだったら、ちょっとだけ、俺たちすごいなって、思う。




―――・・・だって、義理じゃないもん。




彼女のその言葉の意味をずっと考えていた。

義理じゃないって事は、本命ってことだろ?と、直接本人に聞こうと思ったのに、なまえに一歩近づこうとした瞬間に、

「ダメ!来ないでっ!」とダッシュで逃げられてしまって真意は分からないまま。

メシ行こうって言って誘って待ち合わせたのに、それも結局行けなかった。




『ばっ・・・ばかじゃないの』

きっと、顔を真っ赤にして照れている彼女の様子が思い浮かぶ。

「・・・あはは、俺、馬鹿で良いし」

『・・・・・・本当ばか』

「うん、あとさ、言って良い?電話すんの、初めてじゃんか」

『え?うん』

「お前、電話の声結構可愛いのな。耳がくすぐったい」

『ばっ・・・・・・』

「あはは!だから、馬鹿で良いって」




抱きしめたい。

彼女に触れたい。

今、一人でくるまって居るこの布団の中に、なまえが居ればいいのにって本気で思う。




「で?話は?」

『・・・・・・忘れた』

「はあ?何だよそれ」

『・・・・・・嘘』

さっきまでの会話のテンポが急に途切れて、静かになった彼女が何かを伝えようと一生懸命考えているところなのかな、と思って少し俺も、黙っておいた。

『・・・・・・笑わないで?』

「・・・うん」







『平助の声、聞きたくなったの』







ドクン


と、大きく高鳴った心臓が、飛び出るかと思った。


何で彼女は、俺の傍に居ない?

何で彼女には、恋人が居る?

この、俺の腕の中に、居てくれるなら、めいっぱい、愛してやるのに。




「なまえ・・・」

『・・・なに?』




「好きだよ」



『平・・・』



「大好きだよ。お前が」



『やめて』



「好きで、好きでたまんねえよ」






『わ、わかってる、から』



「・・・まだ。足りるかよ、こんなんで。伝わって・・・たまるかよ」



『・・・・・・だめ、』




「お前の事、抱き」







急に、無機質な音が耳元で一定の音を刻み始めて、彼女の、可愛い声が聞こえなくなった。




ついて出たため息が、思いの外深くて。

もうちょっとだけ待ってて欲しいと言ってくれた彼女を信用していないわけではないが、焦っているのかもしれない。

彼女とまだ恋人であるだろう彼氏の存在が、ちらつく。

もし、キスでもしてたら。

もし、身体を重ねてたら。



悶々とした思いと、使いすぎた頭を抱えて、気付いたら、二度目の眠りに落ちていた。

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