“じゃあ、来週な”とメールが届いてから、あっという間の当日。 何着て行こうかなとか、久しぶりに髪切ろうかなとか、鏡を見ながら考えてる私が、すごく嬉しそうで複雑。 平助との待ち合わせに、バクバクと心臓がうるさい。 鞄の中には、綺麗にラッピングしたガトーショコラ。 「義理だって、言ったんだけどな・・・」 episode5 "Chocolate Panic" 待ち合わせの19時を少し過ぎた頃。 「なまえ!ごめん、待った?」 バタバタと走ってきた彼の背中には、黒のソフトケースに包まれたキーボード。 「う、ううん、平気・・・」 「よかった、行こ」 歩きだした彼の背中をみて、今日は手を繋いでくれないんだ、とちょっとがっかりしてしまった。 初めて会って、告白をしてくれたあの日は、やっぱり勢いだったのかな・・・。 「・・・スタジオだったの?」 重そうなそのキーボードが気になって聞いてみれば、 「ん、そう。本当はもっと早く終わる予定だったんだけど、はじ・・・っと、リーダーがさ、納得いかないって延長。そのまま来た」 「あのベースの人?真面目そうだもんね」 「真面目にドがつくくらい、俺とは正反対の奴だよ」 そう言いながらついたため息は、決して嫌そうなんかじゃなかった。 皆、仲良さそうだし、バランスも取れてるし、文句のつけようのないバンドだもん。 「じゃあ平助は真面目じゃないんだ?」 からかいながら、そう言うと、じとっとふてくされた顔で睨まれた。 「・・・・・・お前、それ分かってて言ってるだろ」 「あはは、ばれた?」 こういう、冗談だとか言い合って笑いあえる関係って、すごく、憧れてた。 すると、平助の手が私の頭に伸びて来て、わしゃわしゃと髪をいじられた。 「仕返し!」 「もーー!」 乱れた髪を手櫛で整えて、ちらりと平助を睨むと申し訳なさそうな顔をしながら 「悪ぃ。ちょっと待って、直す・・・」 私の前に立って、今度は優しく髪に触れた。 彼の手が触れる度に、ピクリと肩が揺れてしまうし、目の前のその真剣な顔を見ることが出来なくて、 平助が着ているミリタリーコートのふさふさを眺めてた。 「できたっ!お前猫っ毛だからすぐ戻るな」 ぽんぽん、と私の頭を優しく撫で、満足気に二カッと笑った。 その顔を、この至近距離から上目づかいで見つめれば、二人、慌てて離れるしかない。 恋人ではないこの距離がもどかしい。 もっと近づきたいけど、それが出来ないのは、完全に私のせい。 だって、本当は、このまま抱き締めて欲しいって――― 「20センチ」 「・・・え?」 「それ以上、近づくの止める」 急にどうしたのだろうかと、歩きだした彼に慌ててついて行くと、寒さで垂れてくる鼻水をすすりながらそう言った。 「・・・それ以上、近づいたら?」 「お前にもっと、触れたくなる」 ・・・嬉しいって、言ってあげたい。 平助にそう思われて、私幸せだと思ってるよって。 でも、それを言うためには、私がちゃんとけじめをつけなきゃいけなくて。 本当は今日だって、会っちゃいけなかったのかも知れない。チョコレートも手作りなんてして。 好意を寄せてくれる相手を弄んでるみたいで、苦しい。 平助がチョコ欲しいなんて言うから。 平助が会いたいって言うから。 私を、好きだなんて言うから。 じゃあ、私は―――? 「平助!!」 あげたいって、思ってた。 会いたいって、思ってた。 だって、好き、だから。 「なまえ・・・?」 切ない顔してる平助なんか見たくない。 鞄の中から、取り出したガト―ショコラを胸元に押し付けた。 キョトンとした顔でそれを無意識に受け止った彼。 「あ、ありがと・・・」 さっきの切ない顔が、一気にほころんで、染まった頬。 「チロルっつってたじゃんか・・・何、手作り?」 「・・・だって、義理じゃないもん。 ちゃんとけじめつけるから、・・・・・・もうちょっとだけ、時間ちょうだい?」 prev next |