平助が怪我をしてから1週間後。

だいぶ前よりマシになってきたと言っていたけど、そんな簡単に治る訳もなく。

そもそも全治1ヶ月。

治りきる前にレコ発ライブが控えている。

大丈夫かなあ、そう思いながら、打ち合わせ中の会議室で雪でも振りそうな曇った空を眺めてた。



episode15 "徒然モノクローム"




「みょうじちゃん、何をぼーっとしているのかしら?」

「え、あ・・・ごめんね、伊東ちゃん」

「もう一度説明してなんてあげませんからね。よくお聞きなさい。・・・貴女達も」

キッとメンバーの二人を睨みつけ、また話を進める。

聞いてたよ、ちゃんと聞いてたんだけど。

また面白そうなイベントに参加させてもらえることになった、楽しみだな―――なんて資料に記載されている日付を見た瞬間、息が止まった。



・・・平助のワンマンライブの日だ。



メンバーに何の確認も取らないまま仕事をとってくる伊東ちゃんは、本当に鬼だと思う。

彼女・・・否、彼がマネージャーとしてついてくれてからは、私たちのライブ本数も増えた。

バンドマンと付き合うためにバンドやってんでしょ、なんて一部のバンドファンから罵られることもしばしば。

そんな中でちゃんと私たちの音楽に耳を傾けてくれて、手を差し伸べてくれた伊東ちゃんには本当に感謝をしている。

その彼が取って来てくれた仕事。

こんな大きなイベントに出させてもらえるんだから、喜ぶべきなんだろうけど。

もちろん、日程が被ってなんかいなければ、飛び跳ねるほど嬉しいんだけど。


『俺が頑張ってるとこ、ちゃんと見てろよ』


平助と、この前したばかりの約束を、どうしたらいいだろうかと私は会議机に突っ伏した。


「みょうじちゃん、お行儀が悪いです」

「・・・・・・ごめんなさい」

丸めていた背中を伸ばし、前髪を直しながら、私は少しだけふてくされた顔をして見せた。



平助は怒ってしまうだろうか、拗ねてしまうだろうか。

リハからずっと彼を見ていてあげようって、きちんと支えてあげないとって思ってたのに。


渡された資料にまた目を落として、ひとつため息をついた。



「・・・・・・あれ?」


スタート、昼からだ・・・。

出演時間次第ではギリギリ間に合う、かも。

平助のライブ、どこでだっけ、と携帯を取り出した私を横目で睨んできた伊東ちゃんの目が冷たすぎて、すぐに携帯をカバンにしまった。



―――伊東ちゃんのばか・・・。




無事打ち合わせを終えて、メンバー3人でファミレスにやってきた。

このあと2時間スタジオ、その前に腹ごしらえだ。

「まじでっ!?」

「嘘っ、私がドキドキする・・・!」

「だから、いつも声大きいんだってば・・・」

平助と付き合うことになったのだとメンバーに伝えれば、一部始終を教えなさいと彼女たちに急かされ話し終えたところだ。

相変わらずキラキラとした瞳ではしゃぐ彼女たちに、当人それどころじゃないんですと言いづらい。

「でね、だからさ、そのワンマンライブと今日言われたイベントの日程が丸かぶりなわけなのね」

「あ〜・・・・・・」

「それはね〜・・・俺とライブどっちが大事だみたいな?」

「平助はそんなこと言わないって!」

「「・・・・・・」」

「な、なにっ」

「だってね〜」

「名前で呼ばれちゃね〜」

二人で顔を見合わせて、ね〜と首を傾ける。

最初から平助って呼んでるんだから別にそこ突っ込まなくても良いのに!!

冷やかしたいだけなんだってわかってるけど。

「もういいっ!相談するの止めたっ」

「ごめんて!で、会場どこなの?うちらのイベントスタート早いみたいだし、終わって即行で向かえば間に合うんじゃない?」

「ああ、そうだ。それ、」

平助からもらったメールを読み返してみると、会場まで電車で10分、駅から2分だ。

「えーと・・・?“待ってるからな!(顔文字)”・・・」

「ちょっ・・・!!!!!!!人のメール勝手に見ないでよ!!」

私の携帯を覗き込みメールを読み上げると、両腕を大きく広げ、顔文字を体で表現していたボーカル。

ああもう、本当に楽しそうな顔してくれちゃって。

「そういうリアクションするなまえが可愛くてね、つい」

「も〜羨ましいなあ〜。付き合いたてって一番楽しいでしょ?私も彼氏欲しい〜!でもバンドマンじゃなくていい〜」

足をバタバタとさせて天井を仰いだのはベース。

「だからさ・・・相談乗る気ないでしょあんた達・・・」

「あるある!!!」

「ついでに言うとその友達の友達あたりでいいから紹介して欲しい!」

深い溜息を一つこぼせば、食い気味に喋りだした二人に、ほんの少し圧倒されたけれど。

二人共、本当に気の合う姉妹みたいなくらい居心地が良い。

音を合わせている時が一番気持ちがいいんだけど、こうやって話している時も、楽しい。

「・・・・・・ん、」

テーブルの上でガタガタと震え出した携帯を返せば、平助からの電話だ。

「彼氏からだ!?」

「うそーっ!!出て出て!?」

「・・・・・・ちょっと外行ってくる」

「やだー!ほんとに彼氏!?」

携帯片手に出口へ向かいながら通話ボタンを押した。

後ろからきゃーきゃーと賑やかな声がまだ聞こえる。




「もしもーし」

『あ、なまえ。今平気か?』

なかなか電話に出なかったことを気にしたのか、様子を窺うように小さな声が聞こえた。

大丈夫だといえば、ホッとしたため息のあと、言いにくそうに、あー、とか、その、を繰り返す。

『あの、さ・・・・・・結局、メンバーにバレちまった』

「・・・・・・ほら、隠しきれるわけないと思った」

『あー!俺の演技力信用してなかっただろ!』

「あはは、だって、バレてんじゃん」

『・・・そうだな』

こうやって電話越しに話していると、本当になんでもないんじゃないかって、ちゃんと彼は走り回れるくらい元気なんじゃないかって錯覚する。

「ねぇ、その後どうなの?」

『だいぶ良くなってきたから気にすんなって!お前が来てくれるってだけで俺頑張れる!』



その言葉に、彼の笑顔が浮かぶ。

私の、大好きなあの笑顔だ。




「う、うん・・・」


私は今、平助の原動力なんだろう。

もちろん私の為にライブするわけじゃないことくらい分かってるけど。

行けないかも、だなんて言ってしまったら?

今は私の存在が彼の中で大きいって、わかるから。



結局言い出せないまま電話を切った。




「あーー!!ちょっと、私のパフェは!?ねえ!!」

「アイス溶けそうだからいただきました!」

「スイーツでくらいニヤニヤさせてよ。彼氏と嬉しそうに電話してたくせにー」

「もーーー!!!ばかーーー!!」

座っている彼女たちを両腕に抱き抱え、私はただ、祈ることしかできないのがもどかしくて仕方が無かった。


「なまえ、大丈夫だからね」

「私たち全力で協力するからさ」

「・・・・・・ありがと」



お願い神様、伊東様。

どうか出演順を早めて、平助のライブに間に合わせてください!

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