「いっ・・・・・・てぇええーーー!!!!」

スタジオに響き渡った自分の声に、しまったと思ってももう遅かった。

うずくまった俺を見て、何があったんだと一君が怖い顔で睨んでいる。

・・・それ、まじで洒落になんないから。



episode14 "虹"



「そんなに強く叩いたつもりはねえけど・・・悪ぃ」

スタジオの床に座り込んだ俺の肩をポンポンと叩きながら、隣にしゃがんだ左之さんが申し訳なさそうに言った。

ライブの時は基本Tシャツ一枚、その下に何かつけようもんなら明らかに不自然というものだ。

今日の練習も、みんなに気づかれてはまずいと、絶対につけておけと言われたバストバンドは外してきた。


朝から、絶対誰にも触られないように頑張って避けていたはずだったんだけど、やっぱりだめだった。

音楽に夢中になってしまえば正直痛みなんて忘れてしまう。これは今日実感した。俺って結構集中力あるんだなー・・・。


左之さんが“今のアレンジいいな”って背中をいつもみたく叩いてきたんだけど、そのいつもの勢いを受け止めることなんてできなくて叫んでしまったのだ。

「いや、昨日さ、滑って転んで、背中ぶつけちまって。あはは」

「・・・・・・」

「だから、あのー、気にすんな!はい、この話終わり!練習再開〜!」

そう立ち上がってみたものの、思い出した痛みは半端なくて。

苦痛に顔を歪めてしまえばみんなきっと気づいてしまうだろうから、とりあえず必死で痛みを堪えた。

「・・・・・・平助」

さっきから変わらずにこちらを睨んでいる一君に名前を呼ばれれば、何か勘付かれたんだろうかと、不安が過ぎった。

「その額の汗はどう説明する気だ」

ああ、畜生、そこまで考えてなかった。

「・・・・・・く、空調きいてねぇのかな?暑くね?」

一向に口を割ろうとしない俺に、ため息をついた一君。

それを見て総司もやれやれと、肩に掛けたままのギターのチューニングを始めた。

「一君、本人がそう言ってるんだからそれでいいんじゃない?」



―――嘘を付くのは苦手だし、嫌いだ。

それに、さっきからじっとこっちを見ている一君には何もかも見透かされている気になってしまう。

その真剣な瞳は騙せないだろうと、俺は話をすることに決めた。




「・・・簡潔にだけ説明するけど、肋骨やっちまっただけ。一ヶ月あれば治るって言われたから大丈夫だよ」

ギターのヘッドをいじる手を止めて、総司が目を丸くしてこちらを見た。

「え、骨が折れたって?あんなに毎日牛乳飲んでるのに丈夫じゃないの?」

・・・・・・そういう冗談、いつもならイラっとするんだろうけど、今のこの真面目な空気を変えようとしての発言(だと思う)に、ちょっとホッとした。

「なんだよ総司!失礼じゃねえ!?」

総司に掴みかかる勢いの俺を制して、一君が冷静な声色で話を切り出した。

「一ヶ月、とは、ライブまでに治らないということか?」

「いや、出るよ!出る!!」

「しかし・・・」

「今更延期なんてしたくねえし、チケットだって完売してんだ。みんな、楽しみに・・・・・・」

「なあ、俺タバコ吸ってくる。・・・平助、付き合え」

会話に割って入ってきた左之さんがそう言い捨てて出て行った。

さすがに付き合え、と言われて行かないわけにはいかないと左之さんを追いかけた。

「悪い、一君。ちょっと行ってくる」

「ああ」





入口の受付前に置かれたボロボロのソファに座って、左之さんがちょうどタバコに火をつけるところだった。

俺もその横に座って、ゆっくりと背もたれに体を預けた。

ふっと煙を吐き出したあと、思い出したように左之さんが口を開く。

「平助、何飲む」

ソファの横に置かれた自販機の前に立ち、ポケットから財布を取り出しながら言った。

遠慮する間柄でもないし、むしろいつも俺から奢ってくれとねだってばかりいるのだ。

こんな時に断るのも余計不自然だろうと、左之さんが自分のコーヒーのボタンを押したのを見て俺も口を開いた。

「・・・コーラ」

「あはは、好きだな」

「うん」

「なあ、骨溶けちまうぞ」

「そんなの嘘だって」

「牛乳飲むと背が伸びるぞ」

「そんなの・・・う・・・・・・左之さんっ!馬鹿にしてんなよ!?」

「あはは、悪い悪い、ついな」

「・・・ったく」

付き合えと言われたんだから、それなりに話があるのだろうとついてきてみれば、結局いつもの左之さんのペースに飲まれてる。




「あー、・・・・・・あれだろ、なまえだろ?」



さっきまでケタケタと笑っていた左之さんが静かになったかと思えば、急に真面目なトーンで話し始めた。

しかも、唐突に彼女の名前を出されて、焦らないわけがない。

左之さんには少しだけ相談をしていた。なまえに彼氏がいることと、告白して振られたこと。それ以外は何も言っていない。

そして、付き合うことになったのも、まだ伝えていない。

なまえと左之さんは元々知り合いだったから、もしかしたら彼女からなにか話ているのではないかと、少しだけビビってる。



「な、何が?」

「・・・図星か?」

「ち、ちげえし!」

「肋骨折れるって、相当だろ?運動神経の良いお前が、バカな転び方するとも思えねえし」

「・・・・・・なまえから何か聞いた?」

「いや、何も」


さすがにいつまでも誤魔化しきれないだろうと、付き合い始めたことと、やや修羅場があったことを伝えれば、それだけで左之さんは“なるほどな”と納得したようだった。


「ライブは絶対出る。これは絶対譲れない」

じっと左之さんを見つめてそう言えば、ふーっと煙を吐き出しながら、

「いつの間にか大人になっちまったな、平助」

なんだか嬉しそうにスタンド灰皿にタバコを押し付けていた。

「まあでも、俺たちが止めようとしたって、お前が止まらないのはわかってる。だから、俺ら3人、ちゃんとお前のことフォローしてやる。良いライブしようぜ。・・・・・・なまえも見にくるんだろ?」

「あ、ああ・・・・・・」

「で?もうヤったのか?」

「・・・・・・は!?」

「そんな身体だし、まだか?」

「さ、左之さんっっっ!!!?ちょっ・・・!?」

突然何を言いたすのだろうか、このエロ兄さんは。

さらに困ったことにそのタイミングでスタジオにやってきたギャルバンにこっちを見られて余計に変な汗が出てきてしまった。ふざけんなよ。

俺が居心地悪そうにしているのに気づいたらしく、今度は俺に嬉しそうに耳打ちした。



「合宿んとき教えてやったこと、できたか?」



ニヤニヤ顔で俺の答えを待っている左之さんのせいで、余計に恥ずかしくて、目を逸らした。

だけど、言わないわけにはいかないと、呟くように答えた。


「・・・い・・・イかせてやったよ」

「いつの間にか大人になっちまったな、平助!」

「いってぇ!!!」

「あ、悪ぃ」

「・・・・・・っ」


ほんと、この色男には敵わない。

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