結局、体に負担をかけた彼は、目が覚めると痛みに顔を歪めていた。 無理をしないでと言ったのに。 ―――・・・我慢、する方が無理。 そうして感じた彼の体温と鼓動が心地よくて。 その瞬間を思い出すだけで、心臓がバクバクする。 episode13 "パンチドランカー" あまりいい顔をしなかった平助を無理やり病院に連れてきた。 だって、もしかしたら、もしかするもん。 2度寝してしまったせいで午後の診察になってしまい、現在長いこと待たされている。 慌ただしく看護師さんが行き交うのを眺めながら、私は右肩の重みに幸せを感じていた。 どれだけ眠れば気が済むのだろうかと思いながらも、こうして私にぴったりとくっついてくる彼に愛しさを感じる。 名前を呼ばれて診察室に入った平助を確認して、私は読みかけの本を開いた。 ・・・のに。 1分、否30秒もしないうちにバタバタと平助が私のもとに戻ってきた。 「なまえ!!ちょっ・・・!!」 「え・・・な、なにっ!?」 私の信頼している先生のもとに連れてきたのだから、何か変なことをされるはずなんてないんだけどな、と彼に引っ張られたせいで少しよろめきながら診察室へと入った。 「・・・・・・いや、まさかと思ったけどさ、扉に名前書いてあったけど名字だけだったし・・・」 診察椅子に座り、キコキコと音をさせながら、体を揺らしている平助が、少しだけ不貞腐れた顔でそう言った。 「だ、だって、知り合いだと思わないよ!!」 その私たちのやり取りを眺めながら、くすくすと肩を揺らして優しい笑顔で笑っているのが山南先生。 「もう少し、静かに話しましょうか。ここは病院ですから」 「す、すみませんっ」 「・・・・・・」 平助は、なんとなく居心地が悪そうに視線を彷徨わせてぽりぽりと頭を掻いていた。 「私と藤堂君がどういう知り合いなのかはあとでお二人で話してくださいね。とりあえず診察をさせていただいても宜しいでしょうか」 「あ、お・・・おねがいしますっ」 ぺこりと頭を下げてまた待合室へと戻ろうとしたら、私のコートの裾を掴んだ平助が、少しだけ潤んだ瞳で私を見上げていた。 “行かないで” って? ―――ああ、もう。 「・・・居るから放して?」 多分、平助も不安なんだと思う。 相当強がっていた彼だから、私が想像するよりも痛みは重いんだろう。 もちろん私にも責任はあるわけだから、言ってくれれば一緒に居る。 ・・・けど。 そんな、可愛い目で見つめないでよっていう話。 今朝、彼を“男”だと強く感じたばかりなのに。 あんまり揺さぶらないで欲しい。 「・・・折れていますね」 レントゲン写真を見ながら診察結果を聞いてぽかんと口を開けている平助。 もしかしたら、と思ってはいたものの、実際にそう聞かされるとやはりダメージは大きいらしい。 「ラ・・・ライブは―――」 「ダメです。痛み止めの内服薬と湿布を出しますね。それからバストバンドは必ず付けて下さい」 カルテにサラサラと書き込みながらそう言った先生の横顔をじっと眺めている平助。 ライブに出るなと言われても、レコ発ライブが控えていて、スタジオに最近入り浸りだとここへ来る途中平助が言っていた。 それを自分一人の都合で中止だとか延期にするわけには行かないと、多分葛藤しているんだろうと思う。 平助の視線に居心地の悪さを感じたのか、ちらりと横目で見ると、大きなため息をついた山南先生。 「・・・・・・バストバンドをつけていれば、多少は動いても大丈夫だと思います」 「・・・・・・え、」 「・・・ダメと言っても聞かないという顔をしています」 「それじゃあ・・・」 「医者という立場上、一応私は止めましたが、それを受け止めるのは藤堂君、あなたですから」 ―――山南先生は優しい。 昔、テンションが上がりすぎて思いっきりドラム叩いてたらスティックが折れておでこに直撃したことがある。 それくらいでと思われるかもしれないけれど、地味に痛いのだ。 『頭に刺さらなくて本当に良かったですね。湿布を出しておきます』 『え!?先生、おでこだよ!?一応私女の子だよ!?』 『・・・・・・湿布を出しておきます。貼ってくださいね』 『・・・嫌です・・・』 『治りが遅くなっても良いんですか?そんなに痛々しい額でみんなが心配しないとでも? 自分のためではなく、周りのみんなのことも考えてあげてくださいね』 病院を後にした私たちは、ゆっくりと歩きながらまた平助の家へと向かっていた。 繋いだ手があまり揺れないように、慎重に一歩を踏み出す。 「・・・・・・」 なんとなく視線を感じて平助の方を見やれば、目があった瞬間にふいっと逸らされた。 「な、・・・何?」 ・・・・・・拗ねてる? 平助が全然読めない。 単純そうに見えるのに、かっこよかったり、さっきみたいに可愛い顔したり、そして子供みたいに拗ねたり。 「山南さんにさ」 「え?」 「帰り際に。“彼女がいくら可愛くても、無理は禁物ですよ”ーって、言われた」 「・・・・・・・・・なっ」 「ていうか!」 歩みを止めた彼が、今度はしっかりと私を見つめて、真剣な顔をしている。 「なまえと山南さんの方が早く知り合ってるのが、すげー悔しいんだけど、俺」 「は?」 「俺より、なまえを知ってる気がしてさ」 「・・・っ、わ・・・」 急に腰をぐっと引き寄せられ、目の前には平助の顔。 「俺も、もっといっぱいなまえを知りたい」 こんな道端で、そんな熱い瞳で、見つめないで。 私だって、もっといっぱい平助を知りたい。 「そ、それより・・・ライブ、出るの?」 気恥ずかしくなって、慌てて話をそらして歩きだした。 「当たり前だろ」 「・・・・・・でも、」 「俺一人の都合でキャンセルなんてできねーっつの」 「・・・せめてみんなには話しておいたほうが・・・」 「・・・いらない心配かけたくねえから」 「大事なことだよ!?」 「いい」 「・・・・・・強がり」 「なまえが分かっててくれればいい。俺が頑張ってるとこ、ちゃんと見てろよ」 「・・・・・・うん」 そんなこと言われたら、反論なんてできないし。 言われなくたって、あなたしか見えてないんだから。 prev next |