さっきから、バクバクと心臓が早鐘を打っている。

私の肩にまわされた平助の腕。

一歩一歩、ゆっくりと進む駅までの道。

すれ違う人の視線なんか気にしていられないくらい、私の意識は、すぐそばにある平助の温もりたどか、視界に入る輪郭だとか、ついでに言うと、唇に、向いてしまっている。

少し辛そうに吐き出す息が、なんだかとても生々しくて、ゾクゾクする。

ああ、

どうしよう、どうしよう。

どうしよう。



episode11 "眠れぬ夜"





電車を降りてからここまで、どうやって来たのかあんまり覚えていない。

「・・・・・・なまえ、入んねえの?」

家の鍵をあけて、扉を抑えてくれていた平助が、ぼんやりと立ち尽くしている私に不思議そうに言った。

「え!?あ、えっと・・・お、お邪魔、します」

「どーぞ」

扉をあけると、広いワンルームで全体が見渡せる。

思ったとおり、少し散らかっている部屋はなんの気取りもなくて、正直ホッとした。平助らしい。

いつもそうなんだろうか。脱いだコートをソファにばさりと放った。

そのままベッドになだれ込み、また顔を歪めて、苦しそうに呼吸をしている。

「・・・うっ」

背中の振動が伝わったのか、また脇腹をさすりながら呻いた。

「ねえ、平助?本当に大丈夫?無理しないで」

痛みで歪ませた顔でさえ一瞬で変換してしまう、彼のその表情の変わりようが今はとても心配になる。

「とりあえずな。寝てりゃ治んだろ」

「そういう問題!?」

「いいから。はい、ここ来る!」

「・・・え?」

「・・・ここ!」

横たわった平助が、ベッドをバシバシと叩きながら嬉しそうな顔をしている。

「・・・・・・」

隣に、寝ろってこと、だよね?

一瞬戸惑ったものの、そこはずっと飛び込みたいと思った彼の腕の中で。

平助のおかげで、けじめをつけることができた私が、何を今更躊躇することがあろうか。

だって、やっと、あなたを愛することが赦されたんだから。

そっと、平助の隣に寝転んで、彼を見つめると、嬉しそうに目を細めて私の頭を撫でてくれた。

「・・・ずっと、こうしたかった」

「・・・・・・私、も」

初めて会った日からずっと、ずっとあなたにドキドキしてた。

いつだって私の胸の中には平助が居て、私の名前を呼んでたんだよ。

「なまえ・・・・・・」

何度も何度も呼ばれた名前も、今は、特別な気がする。

「なに?」

頭を撫でていた手がぴたりと止まったかと思うと、はらりと落ちてきた私の髪を、耳にかけた。



どき、どき、どき。



私に近づいてきた彼の唇が寸前で止まって、コツン、と額がくっついた。




「なまえのことが、大好きです。俺と、付き合って下さい」





二度目の彼からの告白に、あの時の何倍も何倍もドキドキしてる。

どうしよう、こんなに嬉しいなんて。





なんて返事をしたら良いのか、なかなか言葉を紡げずにいると、額を離して私の顔を見つめた彼が、少しふてくされた顔で言った。

「はい、は?」


「・・・・・・選択肢、ひとつ?」

「当たり前だろ?」

「ばか」

「・・・知ってる」

こういう掛け合いが心地いい。



「私、平助の真っ直ぐなところが大好きだよ」



選んだところで、私の言葉なんて限られている。

たどたどしくったって、カッコ悪くたって、想いが伝わればそれでいい。



「平助の前では、ちゃんと私で居られるの」



間違いなく彼を、愛しく思っていることを、伝えられれば。




「平助の、彼女にしてください」




そう告げた途端に、降ってきたキスは、多分、今まで我慢していた分なんだろうけど、すごく荒々しくてびっくりした。

でも、私への想いが溢れているみたいで、なんだかたまらなく、嬉しい。

「んっ・・・・・・ん、」

お互い、多分夢中で、時間すら忘れてキスをした。

漏れる声も、吐息も、全部、私を誘う。



平助と初めて会った日にしてくれた告白も、繋いだ手もずっと覚えてる。

あの時したいと言っていたキスを、やっと、気持ちが通じ合った今、交わすことができた。

もっと一緒にいたいって、平助のこと知りたいって、思ってた。

平助といるだけで、私の心に火が灯る。

それはゆらゆらと静かに、私を芯から温める。





「はっ、あ・・・、」

乱れた息を整えている、なんてそんな風には見えなかった。

唇を離した彼の、辛そうに歪めた顔と、苦しそうな呼吸。

「・・・お腹、痛い?」

「・・・腹っつーか・・・こんなに痛いってことは、肋骨、やっちまったかもな」

しんどそうな平助を「安静にしてなきゃ」と仰向けに寝かせて、顔を覗き込んだ。

「なん、ちゃって?」

いたずらに成功した子供みたいに、顔をクシャリとして笑う。

でも、額にうっすら浮かぶ汗と、苦しそうな呼吸は誤魔化せない。

「冗談に、見えないんですけど」

「・・・だめ、か」

「もう・・・無理しないでって言ったのに」

私はベッドに腰掛けて、汗ばんだ彼の額をそっと拭った。

「・・・・・・骨が折れてようが何しようが、せっかく家来てもらったのに何もしないとか、有り得ないだろ?」

―――やっぱり、男の子なんだなあ。

「別に・・・・・・そういう雰囲気に、なったらで」

「今、そういう雰囲気にしたつもりなんだけど」

「・・・・・・わかった、わかったから。とりあえず安静にしてて?」

平助にはちゃんと体を休めてもらわないと(そして無理矢理にでも明日病院に連れて行かないと)いけない。

とりあえず、何かご飯でも作って―――

「なまえ・・・帰んのか?」

ベッドから立ち上がった私の手をきゅっと握って、寂しそうな顔をした平助。

ああもう、急に可愛い顔しないでよ。

有り得ないほど鼓動が早くなる。

「・・・帰んないよ。ご飯、作ってあげようと思って」

「マジで!?やばい、超嬉し・・・っつぅ」

興奮したらしい平助ががばっとベッドから上半身を起こすと案の定痛みに顔を歪めた。

「あー、ほら、寝てなさいってば」

「・・・なまえ?」

「ん?」

ゆっくりと、お腹に痛みが走らないようにベッドに寝かせようと、背中に手を添えた瞬間だった。





ちゅ




わざとらしく音を立てて、私の唇は奪われた。





「・・・隙あり!」



その無邪気さ全開の笑顔は、今、私だけのもの。

そんなあなたも愛しいと、伝えたい。

けれどそれは今度にするね。

それを言ったらまた、あなたは無理をすると思うから。


「ばか」

「・・・知ってる」

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