また、彼女のグラスが空になった。

「あんたは、酒が強いな」

「そう?斎藤君も相当強いと思うけど」

そう言って、まだ氷の残るハイボールのグラスを静かに置いた。

テーブルの端と端、席を移動しなければ会話すらできないその距離をもどかしいと思いながら酒を煽っていたはずだったのだが、一人、また一人と酔いつぶれていく中、気がついたら俺と彼女が隣同士座っていた。

今年、地方の支社から異動してきたなまえには、こっちに友人が居ないからとよく飲みに誘われていた。

もちろん二人で飲みに行ったこともあるが、総司や左之、新八も交えて大衆居酒屋のような場所で賑やかに話すことのほうが多かった。

できれば、彼女と二人で居たいと望む俺の気持ちなど、誰も気づいてなどいないだろう。

「斎藤君は、今年一番思い出に残ってることって何?・・・あ、仕事以外の話でお願いします」

「・・・仕事以外・・・・・・そうだな・・・」

仕事ばかりをしていた俺にとって、印象に残っていることは。

仕事以外と限定されれば―――それこそ、彼女と一緒に飲みに行った日のことはよく覚えていたが。

そう思いつつ口をついて出たのは。

「た・・・誕生日、だろうか」

「へぇ!」

「今日のように忘年会の延長にはなってしまっていたが、それでも祝ってくれる奴らが居るのは嬉しいことだ」

「じゃあみんながお祝いしてくれたんだ?いいね、それは嬉しい・・・・・・って、あれ?忘年会?斎藤君って誕生日いつなの?」

・・・しまった、と思ったときにはもう遅かった。

彼女に気を遣わせてしまうだろうか。

毎年仕事納めの12月31日に忘年会をする関係で、翌日の俺の誕生日には、新年の挨拶とともに皆が祝ってくれるのだが。

明日だと伝えたら、否、今の説明でおそらく彼女は既に理解をしていると思ってもおかしくはないだろう。

「・・・・・・その、」

「えっと、もしかしなくても、もう間もなくってやつですか」

「気にする必要はない、このまま飲んで―――」

「ごめんなさい!!」

「・・・・・・何?」

テーブルに額をつけ、大きな声で彼女が俺に謝罪した。

誕生日を知らなかったことについてなのか、祝えないことについてなのか。

謝る必要などこれっぽっちもないというのに。

彼女と一緒に居られるだけで十分だと、本当はそう、伝えたいと思っているのに。

「・・・せっかくお誕生日を祝ってくれるはずのメンバーを酔い潰してしまって・・・あの・・・」

本当に申し訳なさそうにそう言う彼女の表情は真っ青で、仕事でミスをしてしまったときのようだった。

「・・・あんたは、面白いな・・・」

「え・・・!?」

「何も聞かなかったことにして、このまま隣に居てはくれぬか」

「斎、藤く・・・・・・」

「元はといえば俺があんたに気を遣わせるような話をしてしまったせいだ」


「違うってば!えっと・・・だから、あの!」



時刻は23時30分を指していた。




「・・・っ、初詣!!!!並ぼう!!!!」


勢いよく立ち上がった彼女の言葉で嬉しくなって、思わず顔を逸らしてしまった。







「さっ、む・・・!」

火照っていたはずの頬が一瞬で冷めるほど、深夜の空気は凍っていた。

マフラーを慌てて首に巻きつけると、コートのポケットに手を入れ身体を縮めた。





近くの神社に着くまで、お互い口を開くことはなかった。

歩幅を合わせて、隣を歩く。

その距離も、どうしてか気恥ずかしく、照れ臭い。

何かを話して気を紛らわせたかったが、空回りしてしまいそうで、何も言えなかった。

彼女は何を思っているのだろう。

同じ会社の社員の誕生日を祝う、それだけ、だろうか。

少しだけ期待して、喉を鳴らす。





「・・・すごい人だね」

「あ、ああ・・・」

長い、長い列が出来ている。

言葉とともに吐き出した息が白んだ。

時刻は23時45分。

あと、少し。



「あの、さ・・・」

「何だ?」

「来年の一番の思い出にしてもらえるか分かんないけど、精一杯お祝いするね!」

「何を言うかと思えば・・・、こうしてあんたに祝ってもらえるだけで良い思い出になる」

「・・・・・・斎藤君は優しいよ。ありがとう」

「そう、か・・・」

「ん・・・」

また、マフラーで口元を覆った。

チラリと、腕時計とスマホを交互に確認して、そわそわしている彼女がとても可愛らしい。

「あと30秒だよ」

「ああ、」

ほら、見て。と、腕時計を寄せた。

近づいた距離は、そのまま。

離れない理由を、彼女に問いたい。



1秒1秒を刻むその秒針よりも早く、激しく鼓動する。




「10、9、8・・・」



「なまえ、」



「うん?」




周りから聞こえるカウントダウンの声に紛れて、腕時計を見つめる彼女から、奪うようにその手を握った。



冷え切った指先を絡ませて、繋ぐ。



「嘘をついたことを謝りたい」

「え・・・?」

「俺の今年の・・・、否、去年の一番の思い出は、あんたに出会えたことだ」



驚いた顔をして俺を見つめた彼女の頬が、一層赤く染まっていく、その答えは。



「さ、さいとう君、あのっ・・・何から言ったら良いかな、えっと・・・!わた、わたしもっ・・・!」




溢れ出す、君への想い。




今度は、あんたの誕生日を二人で祝おう。



Happy Birthday...!!
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