「なまえー、お待たせー!ごめんね?」

「ううん、平気」

待ち合わせた駅前から、ふたり揃って歩き出す。

「この前も沖田くんがうちに来たんだけどさ、“またなまえに会いたい”って言ってたよ」

私の肩を叩きながら嬉しそうに彼女が言った。


沖田くん―――先日彼女の家に招かれた時に会ったイケメン君だ。

申し訳ないけど出来れば私は会いたくない。一瞬で私の気持ちを見抜いてしまった彼には。

そしておそらく、私と同じく報われない恋をしている彼には。

だって、自分でもどうしていいのかわからないのに、彼に会ったら、答えを導かれそうで怖いのだ。

別に、この恋に共感して欲しいわけじゃない。認めて欲しいわけでもない。

そんなことを考えていたら、結局苦笑いしか返せなかった。


「はじめもさ、」


彼女の口から“はじめ”と聞こえる度、私の心臓は切なく高鳴る。

静かに微笑むあの表情と、優しい瞳と、きっちりしているのに時折見せる柔らかい仕草と。



あの手を繋げたら。

あの腕で抱きしめられたら。

あの唇に、口付けられたら。


想像すればするほど、余計に胸が騒ぎ出す。




「また連れてこいって言ってたし、沖田くんなんてしょっちゅう居るんだから。あんたもいつでもおいでね」


「・・・・・・うん」




会いたい。

会いたくない。

会いたい。

会いたく、ない。



・・・本当は。








彼氏と同棲を始めることになった、と親友が嬉しそうに報告をしてきたのが2ヶ月前。

そして、アパートに招かれたのが1ヶ月くらい前だったろうか。

それまで彼女の口から聞いていた“はじめ”くんの印象は、“完璧”。

幸せそうに彼の話をする彼女に、私も幸せを感じていた。



「あの・・・・・・みょうじ、です」

ナビを頼りにたどり着き、インターフォンを押した。

ゆっくりと扉が開き、顔を出したその人に驚いて思わず一歩後ずさってしまった。

(・・・うわ、美人・・・)

この人が―――

「・・・斎藤一だ。あんたの話はよく聞かされている。一度会ってみたいと思っていた」

ふっと緩んだその顔に、私の心臓が徐々にドキドキと高鳴り始めた。

そうして、寒かっただろうと言いながら、私を家の中へと招き入れてくれた。

親友から聞かされていた斎藤くんが素敵な人なんだって知ってたから、私も今日を本当に楽しみにしていた。

そんな言葉は飲み込む以外に選択肢がないことくらい、わかってるけど。

「ちょっと一君、彼女の友達口説くとか最低だと思うんだけど」

私たちの会話を遮るように玄関にやってきた彼は、おそらく斎藤くんの友人だろう。

その人は、斎藤くんの肩をポンポンと叩きながらヤレヤレ顔で深いため息をこぼした。

「く・・・口説いてなどっ・・・」

からかわれて真っ赤になる、真面目に受け止めて一生懸命否定する。

可愛い人だな。そう思った瞬間に、きゅん、という音が胸の奥から聞こえてきた。






―――私は、親友の彼氏に恋をした。






もちろん、彼女のことは本当に大切だし、失いたくない。

けれど、出会ったばかりの斎藤くんへのこの気持ちはたぶん、嘘じゃないと思う。

いつだって、恋に落ちる瞬間は一瞬だ。


もし私の方が先に出会っていたら。

もし彼女と付き合っていなかったら。

ありえないもしもに夢を見たって、直ぐに現実に引き戻される。


テーブルを挟んだ向かい側、隣同士座る二人の雰囲気を見ていれば、この恋が叶うはずないんだって思い知らされる。

リズムが同じ、みたいな、多分、波長が合うんだろう。

彼女は案外おしゃべりなのだけど、それに黙って相槌を打つ彼の優しい笑顔。

きっと斎藤くんは、彼女の事しか見えていないんだ。

ちくりと痛む胸に、私は本当に彼に恋をしたのだと自覚させられた。


「なまえちゃん」

「え、はい?」


私の隣で名前を呼んだのは、斎藤くんの高校からの友人だと言っていた沖田くん。

当然のように下の名前で呼ばれたけれど、斎藤くんと同じく、さっき初めて会ったばかりだ。

そして、私の飲みかけのグラスにビールを注ぎながら、なんだか切なそうに笑った。

「やけ食いしたって誰も怒らないよ?」

「あの、何―――」

何のこと、そう続くはずの私の言葉は、耳元から聞こえた沖田くんの声のせいで消えてしまった。




「僕も一緒だから、ね?」




にこり、と微笑んだその顔は、女の子を瞬殺してしまいそうなくらい素敵だったけれど。

ここで私の胸が高鳴れば、斎藤くんへの想いも錯覚だって思えるのに。




想いを告げることも許されない。

色んな悩みを打ち明けてきた親友にすら、話せない。

それでも、行き止まりの迷路を、引き返すこともしたくない。

この恋を続けていて、私が幸せになれるなんてことは、きっとないのに。






「・・・あ、なくなっちゃった。ごめんなまえ」

何度目か、私のグラスに彼女がビールを注ごうと傾ければ、ぽたりぽたりと、雫が落ちるだけだった。

結局、買い物を終えた私は、彼女の強引な誘いで家にお邪魔することになった。

“はじめは仕事だからまだ帰ってこないし、それまで、ね?”なんて、私が頷くまで何度そのセリフを聞いたことか。

おかしいなあ、そんなにたくさん飲んだつもりなんてないのに、と、彼女はぶつぶつと独り言をつぶやいていた。

「いいよ、買いに行こう?」

私が鞄を手繰り寄せてお財布を取ろうとすれば、それを制するように彼女が慌てて立ち上がった。

「あーあー、いいってば!私が行ってくるから座ってて?」

「え、でも・・・」

「なまえはお客さんなのー、いいから」

「いや、」

「お留守番、お願いね?」

「・・・・・・うん」



一人暮らしのアパートに比べると、とても広い。

なんだか余計に寂しさを感じてしまう。

一人で居てもすることないし、・・・・・・食器、少し片付けよう。

あいたお皿を重ねて、キッチンへと運んだ。


綺麗に整頓されたその場所は、この前も思ったけれど、きっと斎藤くんも使うからなのだろう。

彼女一人では、おそらくここまで綺麗にならないはずだ。



「・・・・・・いいなあ」



その場所に立って、ほんの少し幸せを感じてみる。

きっと、こんな風にキッチンに立って料理をしていて。

そこに彼が帰ってきて、ただいま、おかえりなんて・・・・・・。


ああ、何か、考えてたらドキドキしてきた。



そうして、鍵を開ける音が玄関から聞こえて、案外早かったな、そう思いながら私はキッチンから

「おかえりー」

と彼女に聞こえそうなくらいの声で言った。

ゆっくりと近づいてきた足音に、ほんの少しだけ違和感を感じて、ふと顔を上げれば。

「・・・・・・なまえ?」

「・・・さ、さいっ・・・・・・え、あれっ!?」

「一人か?」

「あの、ビール買いに行ってて、私、留守番を・・・」

まさか斎藤くんが先に帰ってくるなんて思わなかった。

仕事で疲れてるところ、彼女じゃなくて彼女の友達が家にいて、彼は苛々としないだろうか。

私、嫌われたりしないだろうか。

どうにかこの状況を説明しなくてはと、しどろもどろになりながら、彼に伝えようとすれば、

「・・・落ち着け、別に怒ってなどいない。少し、驚いただけだ。帰る家を間違えたのかと」

羽織っていたコートを脱ぎながらそう言った。


ひさしぶりに会った斎藤くんにこんなに胸が高鳴るのは、恋をしている証拠だろう。

嬉しくて、心臓がはしゃいでる。


「・・・あ・・・ご、ごめんね」

「否、・・・・・・ただいま」

「えっ・・・あの・・・・・・おかえり、なさい」

また、私の好きな笑顔で笑う。

「つまみだけでは腹が減っているだろう。何か作ろう。着替えてくる故、少し待っていてくれ」

色んな事に一度に驚いて、私はただ、コクコクと頷くことしかできなかった。

「ただいまー!・・・あれ、はじめ帰ってる!?ごめーん!」

ドタバタと、玄関から聞こえた足音に、がっかりしてしまった私は本当に最低だと思う。

一瞬だけ、彼女のことを忘れていた。

そして、自分が彼女になったんじゃないかと錯覚するほど、幸せを感じていた。



あんな風に、私の傍に、居てくれたらいいのに―――




「えー、なまえもう帰っちゃうのー?泊まって行きなよー」

買い足したビールも、もうなくなりそうだ。

酔っ払っているつもりはないけれど、これ以上飲むと帰り道が不安になるから止めておいた。

私に甘えるように、腕に絡みついてきた彼女は、やっぱり可愛いと思う。

けれど、何も準備をしてきていないし、斎藤くんにすっぴんとか起き抜けの顔なんて見せられない。

それに、仕事から帰ってきた斎藤くんを休ませてあげなくてはいけないだろう。

「また今度呼んで」

そう言って私はコートと鞄を持って立ち上がった。

「なまえ〜またメールするね」

「うん、途中でごめんね。あ、座ってて!・・・・・・斎藤くんも、ありがとう。お邪魔しました」

お疲れのところ付き合わせてしまって申し訳ないなとペコリ、と彼に頭を下げた。

「またいつでも来ると良い」






お酒のせいか、外の寒さが心地よかったけれど、体が冷えてしまわないようにと駅まで早足で歩いた。

こうして一人になると、夢から覚めたような気分になる。

結局斎藤くんの彼女は私の親友なのだ。

それはどうしたって変えられない事実で。

もう一度会いたいと思うけれど、会えば会うほど想いは募ってしまう。

きっといつかその想いが溢れてしまう時が来るんだ。

私のわがままで、彼女が悲しむのも、斎藤くんがつらい想いをするのも、見たくない。



また、と斎藤くんも言ってくれたけれど。


今度会ったら、今日よりももっと、彼を好きになってしまうから。




「・・・・・・っ」





たった一つの願い事





願わくは、大好きな二人が、幸せになりますように。



END


『The Eagle』祝30万打!日頃の感謝とお祝いを込めて、城里ユア様へ捧げます。
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