「おはよーなまえ」

「あ、おはよ」

「なに、また王子見てんの?」

「ちょっ・・・やめてってその言い方!」

「あはは!」

教室に入ってくるなり、カバンを下ろしながら友人が話しかけてきた。

まだ朝も早いこの時間には、私と友人の二人だけ。

毎朝のようにする会話にため息をつきながら、特等席である窓際の一番後ろから校門を見下ろした。

教材を片し終えた友人は、いつも通り私の後ろにやってきた。


「おーおー、今日も絡んでるねぇ」


校門で、風紀委員の腕章を付けている彼と、その彼のそばで嬉しそうに笑う女子。

友人が窓を全開にして、窓枠に頬杖をつきながらそう言った。


遠くから聞こえる女子生徒の声。


「きゃはは、怒られちゃったー」

「ほらぁ、だから言ったのに〜!」


一方そんな彼女たちを見ながら、腕章をつけた彼は静かにため息をついていた。

彼のため息が私にも、伝染した。


「・・・はあ」

「なまえは嫉妬しないわけ?」

「え?・・・・・・うーん、」

「あんたももう少し遅く来て、チェック受ければいいのに」

「い・・・いや、私はいいよ」

「挨拶くらい、できるでしょう?」

「本当に・・・いいの」


朝が苦手だった私が、早起きをしてここに居るのは、斎藤くんを見たいから。

友人が言ったように、斎藤くんと話してみたいな、とも思うけれど、ここから彼を見ているだけで私は十分ドキドキするのだ。

直接話すなんてそんなことになったら、私はきっと、気絶でもしてしまうんだろう。


「あ、来た。私の王子」

「・・・・・・あの、周りにいる女の子たちみんなライバルじゃない?」


友人の言う王子―――とは、斎藤くんと並んで人気のある沖田くん―――の登校を待っていたのか、

玄関では女子生徒たちがまた黄色い声をあげてはしゃいでいる。


「うーん、ライバルって言うか・・・私の場合は本気じゃなくて、なんかさ、アイドルみたいな存在だから、それは別にいいんだよね」

「なにそれ、意味わかんない」

「だからー、例えば沖田くんに彼女が出来たら心から喜べるってこと」

「ふーん。余計わかんな・・・・・・!?・・・え、なに!?」

「あははっ、サービス良いなー」

急に沖田くんがこっちを向いて手を振ったから、何事かと思ったら、友人が手を振っていたのに気付いて振り返してくれたらしい。

「ねえ、周りの女子たちの視線が痛いんだけど」

後ろの友人を見上げながらため息混じりにそう言ってやれば、ニヤ、と笑った彼女が今度は私をからかう様に言った。

「あ、斎藤くんもこっち見てる」

「えっ・・・」

慌てて斎藤くんを見れば、一瞬、目があったのに、すぐに逸らされてしまった。

「残念〜あんたの王子はシャイなんだろうね」

いや、そうかもしれないけど。

でも、やっぱりこんな風に遠くから見られるとか、嫌なんだろうか。



「ねえー、そこって、何組だっけー?」


・・・は?


下から、大声が聞こえた。

「ねえなまえ、王子が私に話しかけてるどうしよう!?」

「し、知らないよもうっ!」

「え・・・えっと、」

隣で、すぅと息をすった彼女が、沖田くんに負けじと大声で返事をした。

「ここ、看護科の棟なのー!2年1組ー!」

もう、恥ずかしすぎる、と、私はほんの少し小さくなりながらも、校門を見下ろしていた。

すると、友人の回答に納得したような沖田くんがありがとう、と軽く手を振ると、今度はこちらを指さしながら隣の斎藤くんになにやら耳打ちをしていた。




「・・・・・・俺には、関係ない」



沖田くんがなんて言ったのかはわからないけれど、大好きな彼の、冷たい声が聞こえた。

長い前髪のせいで、その表情は読み取れない。

もしかして本当に、嫌われてしまったらどうしようと、心がチクリと痛んだその瞬間に、興奮気味の友人が後ろから抱きついてきて来た。



「王子と喋っちゃったーーー!」



・・・ああもう、知るか。





翌朝7時。

風紀委員もまだ校門に立つ時間ではないし、昨日のことがあったせいでどうしても外を見る気分になれなくて、いつも通り早くは来たものの、教室から出て校内をふらふらとしていた。

「あ、そうだ」

図書室、開いてるかな。

暇をつぶすには絶好の場所だと、私は3階へと向かった。



扉に手をかけると、軽く開いたそのドアに、よかったと安堵しながら一歩中へと入った。

すう、と空気を吸い込むと、本のいい匂いがする。

本屋さんの新刊の匂いも好きだけど、こっちの匂いも落ち着くから好き。

さて、なにを読もうかな、なんて私の背よりも高い本棚の間をゆっくりと歩いた。

(あ、この本・・・・・・?)

す、と一冊棚から引き出すと、その向こうで音がしたのに驚いて、取り出した本の隙間から、向こう側を覗いてみたら―――



幸か不幸か。



「さ、斎っ・・・・・・」

私に驚いたらしい彼は、目を丸くしてこちらを見ているし、私はというと、固まって動けない。上に、多分、真っ赤だ。

こういうときってどうするんだっけ、いや、覚えてない、っていうかわかんないし、知らない。

すっと斎藤くんが視線を逸らして、向かいの本棚から、こちらにやってきた。

「すまない、驚かせただろう」

「・・・こ、こちらこそ」

ああ、ほら、私やっぱり、ドキドキで倒れそう。

遠くから見てるだけで十分だったのに。

目の前にあの、斎藤くんが居るこの状況に、私は完全に硬直していた。

「その・・・・・・あ、あんたは・・・いや、なんでもない・・・」

「・・・・・・っ」

「なんでもない、というわけでもないのだが、その・・・」

口から、心臓が飛び出そうだ。

誰か、助けて、と心の中で叫んだものの、早朝の図書室というおそらく人の出入りの少ないこの環境に“二人きり”であることを余計強く意識してしまって、逆効果。

「あっ・・・・・・・・・」

「どう、した」

「・・・・・・えっ、と・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「すまない、そろそろ行かねば・・・」

ああ、そうか、校門に立つ時間なんだ。

「えっと・・・・・・が、頑張って、」

「・・・・・・あ、ああ」

「・・・・・・・・・」

本当はもっとゆっくり話す時間があればいいのにって、図書室から出て行く彼の背中をじっと見つめていた。

「・・・一つ、聞いても良いだろうか」

「は・・・え!?あ、」

コクコク、と頷くので精一杯。

「あんたは、いつも・・・その・・・・・・」

「え・・・?」

「・・・・・・いや、例えあんたが、毎朝総司を見て居たとしても、俺は・・・っその、」



・・・・・・どうして沖田くんが出てくるの?




「・・・沖田、くん・・・?」

「いや、だからだな、例えあんたが総司を好いていたとしても、これからも、あんたがいるあの教室を見上げて居ても、良いだろうか」



「・・・・・・・・・なっ・・・」




「ずっと、あんたのことを見ていた。校門の左側に立つようにしていたのも、あんたが見える位置に、居たかったからだ」


どんどん真っ赤になっていく斎藤くんに、どんどん期待する私。

だって、それって、あんなに遠くから私たち、お互いを―――



君色の朝に




私が好きなのは、あなたです。



そう、言うことができたのは、斎藤くんに「好きだ」と告げられた10秒後。



「・・・あんたが、好きだ」




END





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