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「なまえ!」
「は・・・はじっ・・・」
息を切らして走ってきた彼を迎えに行こうと立ち上がろうとしても、身体に力が入らない。
「こんなところで・・・あんたはっ!」
顔を顰めた彼に、泣きそうな声で怒られた。
「一、君・・・」
階段の途中に腰掛けていた私を、膝をついてぎゅうと抱き締めてくれて。
その温もりがあんまり優しいから、また涙が溢れてくる。
さっき泣き過ぎたせいで、涙はすっかり枯れてしまったと思ったんだけどな。
私を支えながら、彼が乗ってきたタクシーに二人乗り込んだ。
いつも電車でしか通らないから、車から見る家までの景色が新鮮で、少しだけ気分が紛れる。
「・・・わたし、一君を好きになれば良かった」
外の景色を見ながらぽつりと呟いた私の言葉に応えるように、一君がぎゅと手を握ってくれた。
「あの・・・ありがとう、ね?」
アパートまで送ってもらって、そのままお別れだと思っていたら、支払いを終えた一君がタクシーから降りて来た。
「えっと・・・」
「あんたを一人にしたら、また泣くのだろう?」
そっと頬に触れた一君の掌。ゆっくりと、親指で私の流した涙の跡をなぞる。
「・・・それは、だって・・・仕方ないじゃない」
別に、総司が友人を好きだと言った事も、振られたとも言っていないのに。
また、その綺麗な瞳で私の心を見透かすんだ。
「先程言ったはずだ。泣いているあんたを、放っておくわけにはいかぬ」
「・・・・・・一君は、優しすぎるよ」
泣き腫らしたせいで瞼が少し重たい。
重い足取りで、アパートの階段を上り2階の自分の部屋の扉を開いた。
そう言えば、男の子を部屋にあげるの初めてかもしれない。
「わざわざこんな時間に来てくれたのに、こんなのしか出せなくてごめんね」
テーブルの上にお茶を置いたその横で、そわそわと居心地悪そうにしている彼に、どうかしたのかと聞いてみれば。
「い・・・今からでは、遅いのか?」
「え?」
「先程あんたが言っただろう。俺を・・・好きになれば良かったと」
「あ、うん・・・・・・えっ!?」
染まった頬の理由が、私を想う気持ちであるのだろうか。
どきどきしている私の鼓動は、彼を好きになりかけている、証拠なのだろうか。
「・・・・・・えっと」
「あんたを、なまえを好きだというこの気持ちに、偽りなど・・・ない」
「一君・・・」
「な、何故泣くのだっ」
「あれ・・・あ、ほんとだ・・・やだな、こんなの・・・どうしよう、止まらない」
ごしごしと、目をこすっていた私の腕を押さえると、流れた涙にそっと、寄せられた彼の唇。
何度も降ってくるその唇は、ほら、優しいんだ。
「・・・だ、だめっ」
「なまえ・・・?」
「こ、これ以上・・・優しくされたら私・・・一君の事、好きになっちゃう・・・」
「なら、止めるわけにはいかんな」
優しく微笑んだ彼の笑顔が、あんまり綺麗で。
ぐしゃぐしゃになってた私の心を、穏やかにしてくれる。
「一君・・・」
「強がるあんたを見ているのは辛い。弱音くらい吐けるように、そばに居てやる」
一方通行の矢印が反転する可能性は、例え難しい数式を使っても導き出す事が出来ない。
それなのに、たった一言で、こんなにも胸が熱くなる。矢印は、反転する。
その矢印をイコールにするのは、今、私次第。
「私、いっぱい、甘えるよ?」
「ああ」
「泣き虫だし、わがままだよ?」
「そうだろうな」
「・・・ホントに私でいいの?」
ゆっくりと重なった唇が、答えをくれた。
「なまえが良い」
「・・・私も、一君が良い」
真っ白だと言っていた、彼の夏休みの予定を、私でいっぱいに埋めてやるんだから。
END
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