「じゃあ、今日はありがとうございました」
お先に失礼します、と言ってオーソンを出る。オーソンの店長からバイトの説明を受けたのだが、特に無理をすることなくこなせそうな内容だった。
これなら、バイト許可の条件として出された成績の維持も、なんとかなりそうだ。
バイトの説明の後に、少し世間話が弾んでしまったせいで、外は薄暗い。
病院の面会時間って何時までなんだろ、と思いつつも、千昭は病院へ向かって歩き出した。
とりあえず行ってみて、だめだったらだめでいいか。
仗助に、今は行かない方がいい、と言われたことは、すっかり頭から抜けていた。
02 大人と子供
病院の受付で、虹村形兆に面会したいんですけど、と言ったら、少し変な目で見られた気がする。
怪訝に思いつつも、面会時間は七時までですう、と間延びした受付の事務員に、どうも、と言って病室に向かった。
携帯を開いて、時刻を確認する。時間は大丈夫そうだ。パチン、と携帯を畳むと、ストラップの数々がぶつかり合って、ジャラジャラと音を立てる。
少しずつ増えていったストラップがそろそろ邪魔になってきたかもしれない。携帯本体よりも重いストラップの塊を、無理やりポケットに詰め込んで、300、301、と病室の名札を見ながら歩く。
305号室の前で立ち止まると、虹村形兆、と書かれた名札を確認して、軽くドアをノックした。
形兆の部屋ある棟は全室個室らしく、全てのドアが締め切られている廊下はしんと静かだ。静閑とした中で、千昭のノックの音だけが響く。
三度ノックしても音沙汰がないので、ドアノブに手をかけると、鍵はかかっていなかった。
形兆、入るよ?、と呼びかけながら足を踏み入れると、中にいたのは大男が二人。
ベッドの上に、形兆の姿はない。
「あれっ、すいません、部屋間違えました」
パタン、とドアを閉じ再び名札を見るも、そこにはしっかりと、「305号室 虹村形兆」と書かれている。
おかしいなあ、と首を傾げていると、ドアが開いて、大男のうちの一人、白い服の人が出てきた。
「あの、すいません、ここって虹村形兆の病室じゃないんですか?」
「ああ、そうだが」
そうだがって、でも、形兆はいなかったし。
そういえば、と仗助の言っていたことを思い出す。まだ検査があって面会できる時間がない、とか、なんとか。今は検査中なんだろうか。それなら受付の人に変な目で見られたのも分かる。
でも、それなら言ってくれればいいのに、と一人思考に沈んでいると、白服の人の隣に、もう一人の大男がふっと立った。
ふと顔を上げると目が合う。さっきは一瞬しか見なかったけれど、よくよく見ると変わった格好の人だ。やたら露出が高い……というかほとんど裸だし、肩パッドつけてるし、それに何より、
「……ちょっと透けてる?」
「見えてるんだな」
白服の人が、視線を鋭くして言った。少し空気が張り詰めた気がする。
「え、『見えてる』って……」
もしかして、幽霊か何かですか?オレ初めて見ました、と言うと、張り詰めた空気が霧散した。
スッと幽霊らしき男が消えて、うわ、本当に幽霊だ、と思わず呟く。
やれやれだぜ、と、なにやら複雑な顔をして呟いた目の前の男は、話がある、と言って、千昭を連れて近くの喫茶店に向かった。