杉本鈴美、十四歳。ただし享年。
 千昭の隣でふわふわ浮いている女の子の情報だ。

02 お菓子の効用



「ねえ、私幽霊なのよ。わかってる?」

「わかってるわかってる」

「本当に?」

「本当に」

「……本当かしら」

 再三確かめても、鈴美はまだ自分の言うことを信じてくれないらしい。じと目で見られて、千昭は困り笑いをこぼした。
 店長がいなかったあの夜から、鈴美は人がいない時間を見計らってはちょくちょく店内に入るようになった。
 彼女が言うに、「千昭くんが来るもの拒まずだから入れるの」とか、何とか。しかし千昭にはよく分からなかったので、今日も遊びに来たんだな、くらいの認識だ。
 レジの隣に備えてある魔法瓶から、カップにお湯を注ぐ。中に入れたティーバッグから、じわじわと色が広がっていった。

「……営業中にお茶飲んでていいの?」

「んー、お客さんがいなければいいって、店長が」

 ふうん、と相槌を打たれる。
 鈴美のことともう一つ、あの夜から変わったことがあった。
 それまでは常に店長と二人で店を回していたのが、こうして人の来ない時間帯には千昭一人に店番を任されるようになったのだ。その間店長は、控え室に引っ込んで商品の発注をしていたり、倉庫の整理をしていたりする。
 ほとんどの人にはその姿が見えないらしい鈴美相手に喋ると、傍から見て独り言になってしまうので、一応人の気配に気をつけたりもしているのだが。
 今のところ、特に不審に思われることもなく、今まで通りのんびりバイトを続けていた。
 手元に感じる視線に、「飲む?」と聞いてみると、なにやら複雑そうな顔をされる。

「ねえ、私幽霊よ。幽霊が飲み食いするって、普通思う?」

「あ、そっか」

 言われてみれば。
 お供え物はしても、実際に飲み食いする幽霊というのは聞いたことがない。はっとした様子の千昭を見て、鈴美がむくれた。

「やっぱり分かってないでしょ!幽霊なんだってば」

「分かってるってばー」

 口調を真似して返したのがいけなかったのか。鈴美はますます不機嫌そうに眉を寄せてそっぽを向いてしまった。

「……鈴美ちゃん?」

「……何よ」

 視線だけこちらを向いた鈴美の目尻に、一瞬涙が見えたような気がして、千昭は手に持っていたカップをテーブルに置いた。

「………………」

 はてさて、どうしたものか。
 女の子に泣かれるのは、ちょっと、いや大分苦手だ。
 かける言葉を探して黙っていると、鈴美がぽつりぽつりと口を開いた。

「……初めてだったのよ」

「初めて?」

「……今まで、見えるだけの人はいたけど、ここまで意思の疎通ができる人なんていなかったの」

 だから頼れると思ったのに。呟くように鈴美は言った。

「……鈴美ちゃんは、何かオレに頼りたいことがあるの」

「……あったけど、もういいわよ。信じてないんでしょ」

 あれだけ分かってるって言ったのに。見掛けによらず強情娘だ。由花子といい勝負かも、と内心思いながら、千昭はレジの外へ歩き出した。

「鈴美ちゃん、好きなお菓子ってある?」

「……なによ、いきなり」

「好きなお菓子、ない?チョコとか、クッキーとか」

 あ、ないならいいんだけど、と続けると、鈴美が怪訝そうにしながらも、ポッキー、と小さく呟いた。

「ポッキーね」

 お菓子の陳列棚に歩いていって、そこから赤い箱を一つ取ってくる。
 レジに戻って、バーコードをスキャンして、シールを貼って。
 自分のポケットから出した小銭を自分でレジスターに入れると、なんだかままごとっぽくてちょっとおかしい。
 そうしてシールを貼ったポッキーを、千昭は鈴美に差し出した。

「はい」

「……何、これ」

「何って、ポッキー」

「そうじゃなくて、何でポッキー渡すのよ」

「んー、なんか」

 これで機嫌直してくれたらうれしいなって。
 言うと、鈴美は一瞬呆気に取られたようにぱちぱちと瞬きをした。

「オレ、ちゃんと分かってるからさ。鈴美ちゃんが幽霊だってこと。……浮いてるし透けてるし、これで幽霊じゃないって方がおかしいよ」

 その幽霊じゃないおかしい方も、一応知っていることには知っているけれど。
 はい、と改めてポッキーを差し出すと、鈴美は困ったような笑みを覗かせた。

「だから、何で幽霊が食べれると思うのよ」

「あっ……そうでした」

 今までの経験則のせいで、喧嘩の仲直りや落ち込んでいるときにはお菓子、と頭の中で直結していたのだ。主に、億泰とか、由花子のときの。

「えっと……お供え?した方がいい?仏壇ないけど……」

 千昭の言葉に、鈴美が少し笑った。

「いいわよ。そのままちょうだい」

 え、とひるんだ間に、ひょいっと箱を持ってかれる。

「……幽霊って、物触れるんだ」

「ふふ、知らなかったでしょ」

 オーソンの近くのものなら触れるし食べれるのだ、と説明する鈴美は、すっかり機嫌を持ち直した様子だった。

「鈴美ちゃん」

「なに?」

「オレにできることなら、手伝うからさ。頼ってもらっていいよ」

「……ありがと」

 やっぱり、こじれたときはお菓子だな。
 千昭がそんな確信を持ってしまったのを、鈴美は後々知っていくことになる。


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