「じゃあ、後はまかせたよ」
「はーい」
楽しんできてください、と言い添えると、店長は満面の笑みで千昭に手を振った。
01夜のコンビニ
今日が息子の誕生日だという店長は、家族で外食に出かけるらしい。
千昭のバイトはいつも夕方の五時から二時間だが、今日だけは夜の十一時まで入れている。息子はまだ小学生だと言うし、せっかく年に一度の誕生日だ。いつも通り夜遅くまで店にいるつもりだった店長に、「オレが店にいますから」と言って、家族水入らずを勧めたのが昨日のこと。
オーソンのバイトを始めたのはたった一週間前で、もしかしたらいらない気を回したか、と思ったけれど。店長は千昭をそれなりに信用してくれているらしい。若干申し訳なさそうにしながらも、しかし心底嬉しそうに申し出を受けてくれた。
レジ打って、品物確認して、掃除して、レジ打って。
「ありがとうございましたー」
雑誌を買っていった客を見送って、レジの中に置いたイスに座る。
現在時刻は八時半。一番忙しい時間帯はもう過ぎてしまった。それにもともと、そんなに客足の多いところでもない。客がいなくなったら、こうしてイスに座って小休止。
掃除も陳列確認も先ほど終えてしまったし、とイスに座ったまま英単語帳を眺める。
深夜早朝でもないのに店員が一人という珍しい光景だったが、特にトラブルを起こすこともなく、千昭はのんびりと店番をしていた。
しばらくして、ガラス越しに人が歩いてくるのが視界に入って、千昭は腰を上げた。自動ドアが開いて、人ひとり入ってくる。
「いらっしゃいま、せー……?」
思わず語尾が間延びしてしまったのは、ちょっと仕方ないと思う。
一人かと思ったら、後ろにもう一人いたのだ。入ってきた客の真後ろに、白いワンピースを着た女の子が。それも、宙に浮いたような格好で。
「………………」
ぱちり、彼女と目が合った。千昭は一度目を逸らして、客の方を見た。そして改めて、ドアの方へ目を向ける。やっぱり、女の子が一人宙に浮いていた。心なしか、ちょっと透けているようにも見える。
「あ、スタンド?」
思わず思い出したのは、この間、形兆の見舞いに行こうとしたときのことだ。結局あの日形兆には会えなかったが、その代わり億泰に仗助、その親戚の承太郎に会うことができた。そしてその承太郎から教えてもらった不思議な存在、スタンド。
浮いていて、ちょっと透けていると言えばもうそれしかない。
そう思ったのだが、しかし突然呟いた千昭に、浮いている女の子はおろか、客の方まで怪訝な視線を向けてきた。あれ、違ったのか。
「……見えてるの?」
ぽつり。女の子が呟くように言った。小声だったので、千昭も同じように声を落として「はい」と頷く。
「……えっと、」
「すいませーん」
「あ、はーい」
喋りかけたところで、客に呼ばれてレジに向き直る。お会計650円です、650円ちょうどお預かりします、ありがとうございました。
客はそのまま自動ドアから店を出て行ったのだが、千昭の隣には、依然女の子が一人。
「えーと……さっきのお客さんのスタンドじゃないん、ですか?」
一応、聞いてみる。しかし「スタンドって何?」と返されてしまった。
「あー、何でもないです、気にしないでください」
承太郎からいろいろ説明されたものの、まだ人に説明できるほどスタンドについて詳しくない。適当に言葉を濁すと、女の子が「そう」と興味なさげに言った。
「……あなた、私が見えてるのね」
「え?はい」
「しかも喋れる」
「喋ってますね」
何を言いたいのか分からないが、とりあえず相手に合わせてみる。すると女の子は嬉しいような可笑しいような顔で、ふふ、と笑った。
「店員さん、お名前は?」
「オレ?北沢千昭です」
そっちは?と聞いてみると、彼女は悪戯っぽく笑って言った。
「私、杉本鈴美。幽霊なの」
なんだ、そっちか。
「……今度こそ初めて見たよ、オレ」
虚を突かれて、思わず口調が砕ける。
千昭の言葉に、今度は鈴美がきょとんと目を丸くした。