八畳一間の、一人暮らしにしては少し広いリビングの真ん中、いつもあるテーブルの横にこたつ台を引っ張り出してきて、その上に所狭しと夕食を並べる。
 男三人ともなればなかなかの量で、料理を作った千昭は少し重くなった肩をこきり、と鳴らした。

 12 机とエニグマ



「千昭さァん、掃除終わりましたよォ!」

「うおっ、いーい匂いがするなァ〜〜」

 玄関掃除からばたばたと戻ってきた仗助と億泰が、テーブルの上の料理を見てはしゃぐ。
 今日は三人で夕食、そのままリビングに雑魚寝で泊まりだ。夕食を作る代わりに、二人には玄関と外の廊下の掃除を頼んであったのだ。
 ちょうどのタイミングで掃除が終わったらしい二人は、急いで洗面所で手を洗い、服を着替えるといそいそとテーブルを囲んで座り込む。

「相変わらず、うまそうだなァ〜〜」

「すげえ!これ全部千昭さんが?」

「うん。昔から自炊はしてたんだ」

 母子家庭だったからね、と事もなげに言う千昭に、仗助は、少しぎくりとする。自分も母子家庭だが、掃除洗濯はしても炊事を手伝うことなどほとんどない。
 そんなに親不孝のつもりはなかったのだが、これからは炊事も手伝った方がいいのかもしれない。
 三人で手を合わせて、いただきます、と箸を持つ。一番近くにあったメンチカツにソースをかけて、ぱくり。おいしい。

「オレも料理覚えようかなァ」

「そうしろそうしろ!千昭に教えてもらえよォ〜〜」

 野菜炒めをむぐむぐと粗食しながら、千昭は教え方上手いんだぜェ〜〜、と言う億泰。聞き取れたのはそこまでで、その後ももごもご喋っていたがよく聞こえなかった。
 麦茶忘れてた、と一端台所に行った千昭が戻ってきて、グラスを持った手で億泰の肩を小突く。

「億泰、食べるか喋るか、どっちかにしなよ」

 もごご、と返事をした億泰が、受け取った麦茶をごくごくと飲んで、今度はちゃんと飲み込んでから口を開く。

「仗助がよォ、千昭に料理習いたいって」

「おい、まだ習いたいとは言ってねーよ」

「んだよ、習いたくねえのかよォ〜〜」

 そういうわけじゃねえけど、と炊き立ての白米を口に運ぶ。

「一人暮らしでバイトしてて、千昭さん忙しいだろうし……迷惑かけれねーッスよ」

「そんなの、気にしなくていいのに」

 それにオレ、結構暇だよ、と言う千昭。
 朝から学校行って、放課後すぐバイトに直行して、家に帰って課題やってるこの人が暇?嘘だ。絶対嘘だ。嘘じゃなかったら千昭さんの生活が謎すぎる。

「ああでも、仗助のお母さん料理上手だし、直接教えてもらった方がいいんじゃない?」

 千昭しょうゆー、という億泰に、ん、と醤油を渡して、千昭が言った。この間、仗助の家に行ったときに、一人暮らしだと零して夕食を振舞われたことを思い出したんだろう。少し派手で若々しい外見と裏腹に、仗助の母親は意外と家庭的だ。

「そうっすかァ?別に普通だと思うんスけどね」

 なんかこっちの方がおいしいし、という仗助に、千昭がはにかむ。味付けが違うから、新鮮なんだろ、と言われて、そうかなァ、と手に持った椀の中の味噌汁をじっと見つめた。







「でも、千昭が暇だっていうのは本当だよなァ〜」

 夕食後、男三人でシンクに立って皿を洗っていると、億泰がぽつりと言った。

「なに、さっきの話?」

「おう」

 千昭が洗剤で泡だらけにした皿を、億泰が水ですすいで、仗助が布巾で拭いていく。茶碗に取り皿に大皿にと、そこそこの量があったが、この調子ならすぐ終わりそうだ。

「この間も、新作のゲーム、クリアし終わって暇だって言ってたし、なァ」

「あれは意外と楽だったんだよ」

 中身がなくてサクサク進められたし、という千昭に、本当に暇、いや、時間に余裕があるのだと軽く瞠目した。

「ゲーム貸してくれたクラスのやつも、そんなに時間かからなかったって言ってたしさ」

 揚げ物が乗っていた皿のぬめりを取るのに苦戦しながら、だからあんなに早く貸してくれたんだ、と言ったあと、千昭は「あ、そうだ」と声を上げた。

「仗助と億泰さあ、宮本輝之輔って人知ってる?」

「みやもと」

「……てるのすけ?」

 名前を音でなぞって、その古風な響きに首を傾げる。そんな珍しい名前、一度聞いたらそうそう忘れないだろう。

「うちのクラスにいる男子で、オレにゲーム貸してくれたやつが、そいつにも二、三本貸してるらしいんだけど」

 最近学校来てなくてさ、行方不明だっていうんだ、という千昭に、仗助はピンときた。

「もしかしてよォ、その輝之輔ってやつ、色黒で、ブリーチしてて、」

 先々週、自分と康一、それに噴上を襲ったスタンド使いじゃないのか?

「えーっと、ちょっと待って」

 はい、と億泰に大皿を渡して手を洗うと、ポケットの中をまさぐる千昭。すっとポケットから引き抜いた手に持っているのは、一枚の写真だ。

「小さくて分かんないかな、この赤丸してあるのが宮本なんだけど」

 恐らく、入学式か何かのときの集合写真だろう。何十人もの顔が整然と並ぶ中、左端の方に一つだけ赤ペンで丸がつけられた顔がある。
 色黒で、髪の色が抜けてて、頭に編みこみをしているその姿は、まさしく、エニグマの少年だった。

「こいつッスよこいつ!こいつ、スタンド使いで、この間襲ってきたんスよォ!!」

「え、そうなの」

「それってもしかしてよォ、こないだ言ってた紙のやつかァ?」

 億泰にすすがれてすっかり泡の落ちた皿を受け取りながら、「そう、それだよ」と頷く。

「エニグマっつってよォ、何でも紙にして収納できるんッスよ」

 今思うと、物を出し入れできるという点では、千昭のスタンドと似ているかもしれない。
 あのねとつくような鼻持ちならない性格は、千昭とは似ても似つかないのだが。

「ええと、じゃあ宮本は……」

 仗助に負けたあと、どこかで野たれ死んでたりとか……と言い出す千昭に、仗助は慌てて、「まさか!」と弁解する。

「ただ、オレ、ちょっと頭に来てたんで、殴ったときに、そのォ……」

「その?」

「仗助ェ、言うなら言っちまえよ」

 まさかの億泰に促されて、仗助はしどろもどろに、宮本の末路を話し始めた。
 億泰や康一、承太郎相手ならば、何も悪びれることなく「殴って本にして図書館に置いていった」と言えるのに、千昭に自分のやったことを話すとなると、どうにも怖気づいてしまう。
 千昭ののほほんとした穏やかな雰囲気に、血なまぐさい話を持ち込みたくないのかもしれない。
 しかし、一通り話を聞いた千昭の第一声は、仗助を労う言葉でも、責める言葉でもなく、「よし、図書館行こう」、だった。

「町立図書館にいるんでしょ?」

「あ、はい、そうッスけど……」

「じゃあ、明日行こうよ。ちょうど、明日日曜だし」

 億泰は行かなくてもいいけど、と言う千昭に、億泰が、何でだよォ〜〜ッと不満そうな声を出した。億泰はよくて、自分は行かなきゃだめ……千昭は、本になってしまったエニグマの少年を、自分に治させる気なのだ、と仗助は感づいた。

「で、でもよォ、オレが変な形にしちまったやつって、治るのかどうか分からねえし……」

「それを確かめに行くんじゃん」

 たじろぎながら言う仗助とは対照的に、千昭はいつもの調子で続ける。

「治ったら治ったでいいし、治らなかったら治らなかったでいいんじゃない」

 とりあえず明日、朝ごはん食べたら出発ね、という千昭に、仗助は釈然としないまま、はあ、と頷いた。治らなかったら治らなかったで、いい、のか?
 ほい、これ最後、と億泰に渡された醤油皿をさっと拭いて、重ねた皿の上に置く。
 オレ皿しまうから、先にゲームやっててよ、と言う千昭に、よっしゃあ!とはしゃぐ億泰。
 仗助、あの車のやつやろうぜ!と言う億泰に腕を引かれて、リビングへ戻る。

 まだ煮え切らないところがあった仗助も、夜通しでゲームをして、散々盛り上がったあとはなんだかすっきりとした気分になっていた。
 治らなかったら、それでもいいか。なるようになれ。


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