平日の午後、それも夕方というのは、学生客が多い。
 言わずもがな、近隣にあるぶどうヶ丘高校の生徒が大半だ。
 女の子たちがきゃらきゃらお喋りながらお菓子の陳列棚を覗いていったり、男子諸君が週刊の漫画雑誌を立ち読みに来たりする。
 今日も今日とて、放課後の店内には高校の制服が目立つことだろう。
 しかし放課後には程遠いお昼時、店内にひょっこりと現れた一匹の珍獣に、千昭ははてと小首をかしげた。

  08 駄賃と重清


 カラーリングは、蜂に似ている気がする。
 けれど丸い胴体に手足が六本も生えた、角のないカブト虫のような形は今まで見たことがない。
 しかも胴体には顔がついているように見える。
 胴体が顔についていて二足歩行する生物と言うと千昭にはニコちゃん大王くらいしか思いつかなかったが、そんなけったいな生き物が真昼間のコンビニに来る理由もなく。

「んー、これもスタンドだったりするのかなあ」

 小さく呟いて、恐る恐る人差し指を伸ばしてみる。
 じっとこちらを見つめていた謎の生き物は、腹を突付かれる前にぱしっと千昭の指を四本の手で受け止めた。 おお、真剣白刃取り。

「すごいなーこんな小さい手で。いや、小さいからできるのか?」

「シシッ」

「おっ笑った」

 また「シシシッ」と笑い小さな手をひょこひょこ動かす小さな生き物を目の前に、千昭の頭に小さな閃きが浮かんだ。







「そこそこ、あーもうちょい奥……あっいい感じ! もうちょい! がんばれー」

 傍から見れば怪しいことこの上ないが、今のところ客はいないのでよしとする。
 けれど一応いつ誰が来てもいいように、千昭は小声でニコちゃん大王(仮)に指示を出していた。

「あーそれそれ、それだー」

 千昭は今、レジの中で壁にぴったり張り付いている。
 レンジやタバコ棚の設置されたテーブルと、その壁との隙間に目を凝らしているのだ。
 その隙間には、先ほどの小さな生き物が入り込んでいる。
 言葉が通じるのかどうかは分からなかったが、だめもとで「棚の隙間の掃除を手伝ってくれないか」と頼んでみたところ、腕を叩いて「まかせろ!」のお返事をいただいたのだ。
 千昭が懐中電灯で照らす中、彼が埃を掻き分け隙間に落ちている物々を回収していく。

「シシッ」

「あーこれ俺のボールペン……こんなところにあったんだ」

 誰かのキーホルダーだったり、何かのメモだったり、千昭のボールペンだったり。
 無くした本人も忘れているような小さな紛失物が次々と出てくる。
 バイトにきた日の千昭はもちろん、閉店後に店長も店内を一通り掃除しているらしいが、いかんせんこの隙間は箒も入らなければ掃除機でも吸えずに埃が溜まり放題だったのだ。
 台を動かすにもいろいろと大変でできなかったし、これはニコちゃん大王さまさまだ。
 千昭が「ありがとなー」と言って頭を撫でると、小さな生き物はまた「シシッ」と笑って嬉しそうに体をよじった。

「あとはもう何もないみたいだし、これで任務終了です。ご苦労さま」

「シシッ!」

 ほんの三センチほどの隙間の中から、いろんなものが発掘された。
 腐ってる食べ物とかなくてよかった、と思いつつ物についた埃をティッシュで拭っていくと、ふと埃まみれの五円玉が目につく。
 これもまた、あのニコちゃん大王のような彼が隙間から持ってきてくれたものだ。
 彼自身も三センチ以上あるので通れないのではと思いきや、どういう理屈なのかしゅっと体が平らになってするすると奥まで入り込んでしまったのだ。
 本当にスタンドなのだとしたら、どこまで便利なのだろう、とも思うが、それはともかく。

「すごい助かっちゃったし、落し物で悪いけど、これはお礼ということで」

 くまなくティッシュで拭いた五円玉を、千昭は両手で持って恭しく渡した。
 同じく両手で受け取った小さな生き物は、五円玉を額のポケットに仕舞って嬉しそうに小躍りし始めた。
 なんかこいつかわいいかも、と千昭が思い始めたそのとき、ピンポンピンポーン、と来客を告げるコンビニのチャイムが鳴った。

「あー! ここにいただか!」

 いらっしゃいませ、と千昭が言うより早く、自動ドアをくぐった少年はそう言って、小さな生き物に近寄った。

「おらがどんだけ探したと思ってるど!」

「アウ……アウ……」

「……いらっしゃいませー」

 どうやらニコちゃん大王の保護者の方らしい。
 はっとしたように千昭の顔と小さな生き物の顔とを見比べて、少年は「こ、こんにちは!」と言った。 ちょっと慌てているようだ。
 それと同じに、小さな生き物の方もそわそわしているように見えて、スタンドは使い手に似るのかな、と千昭は少し笑った。

「こんにちは。ニコちゃん大王の使い手の方ですか?」

「ニコちゃん大王? おらそんなの知らねえど……」

「あっ間違えた。この子の使い手の方ですか?」

 頭の中でニコちゃん大王と呼んでいたのがうっかり口に出てしまった。
 言い直すと少年は驚いたように「そっ、そうだど!」と目をぱちくりさせた。

「兄ちゃん、おらのハーヴェストが見えてるの? 本当に?」

「んー、まあ。ハーヴェストって言うんですね」

「そうだど!」

 それでおらは矢安宮重清、と続けた少年につられ、千昭も「北沢千昭です」と軽い自己紹介をした。
 その間もそわそわするハーヴェストに苦笑する。
 その額に仕舞われた五円玉を見つけると、重清が「ン!」と声を上げた。

「こらっお前、何持ってるんだど!」

「あ、それ、給料です」

「給料? 給料って、お駄賃のこと?」

 取り上げられてしまった五円玉を取り返そうと、ハーヴェストが重清の右手めがけてぴょんぴょん跳ねる。

 「こらっ! だめだど!」と五円玉を取られまいと手を高く上げる重清に、千昭はまた苦笑した。

「さっきね、狭い隙間の掃除を手伝ってもらったんですよ。だからその分のお給料です」

「ふう〜〜ん……」

 隙間に入ってた五円玉ですけどね、と千昭が付け足すと、重清が何か閃いたようにぱっと顔を上げた。

「隙間には、小銭が入ってるんだど?」

「え? あー、あるとこにはあるんじゃないですか」

「あるとこって、どこだど?」

「んー、自販機の下とか、排水溝の中とか?」

「じゃあ、日本中の小銭集めたら、おら大金持ちだど!?」

「そうかもしれませんね」

 でも一匹で日本中回るのは大変じゃないかな、という千昭の考えは、重清の背後に現れた何十何百匹ものハーヴェストで払拭された。

「ハーヴェスト! いろんな隙間から小銭を拾ってくるど!」

 ラジャー、とばかりに颯爽と散っていったハーヴェストを見て、千昭は感嘆の息をついた。

「たくさんいるのもあるんですね」

「ハーヴェストはすごいんだど。おらの家族より多いど。ししっ」

「何人家族なんですか?」

「父ちゃんと母ちゃんと、えーっと、亀のゴン太もいるから……三人?」

「……自分も入れたら四人じゃない?」

「あ! そ、そうだど。四人だど」

 おらは言われなくても分かってたど! と強がる重清の服を、レジの上からハーヴェストが引っ張った。

「なんだお前、まだ残ってたのか。お前も早く行くんだど」

「キュウリョウ! キュウリョウ!」

「五円玉、欲しいんじゃないのかな」

 きいきいと鳴くような声は、給料、と言っているように聞こえる。
 依然重清が持ったままの五円玉を差して言うと、重清は悩んだように少し唸った。

「こいつがお手伝いしたお駄賃ならこいつのだけど、他の人に見えないこいつが持ってても、何も買えないからお金持ってる意味ないど……」

「俺、見えますけど」

「そっ、そうだった……ううん、でも、そもそもおらがハーヴェストを出さなかったら、この五円玉も見つからなかったんだし……」

「……つまり、ジャイアニズムですね」

「ジャイアニズムって何だど……?」

 兄ちゃんちょっと理解不能だど、と怪訝な顔をする重清に、「『お前のものはオレのもの、オレのものはオレのもの』っていう考えですよ」と言ったところ、それがピンときたらしい。
 「なるほど!理解可能!」と言ってハーヴェストに向き直ると、重清は「お前の五円玉は、おらの五円玉だど!」と言い切った。

「いいこと教えてもらったど! 兄ちゃん、いいやつだど!」

「どうも。ところで重清くん、ぶどうヶ丘の子?」

「そうだど! ぶどうヶ丘中学の二年だど!」

 てっきり仗助や億泰のように制服を改造しているのかと思ったら、中学生だったらしい。 どうりで制服が違うはずだ。
 五円玉を取られてがっくりしているハーヴェストの横で、今春から先輩になったのだと満足げに笑う彼を微笑ましく思っていると、携帯のアラームが鳴った。一時の合図だ。

「兄ちゃんは、ぶどうヶ丘高校の先輩なのか?」

「ううん、オレは隣町の私立。ねえ重清くん、学校行かなくていいの?」

「? 今日は日曜日だど」

「今日は月曜日。オレんとこは振り替えで休みだけど、そっちは違うんじゃない?」

 だからこんな真昼間からバイトに励んでいるのだ。
 重清は少し考え込んだ後「あ!」と声を上げ、慌てて店を出て行った。
 その後ろを着いていこうとするハーヴェストに「また手伝ってくれたら今度はお菓子あげるよ」と耳打ちすると、しょぼくれた様子から一気に持ち直して、元気よく走り去って行った。

「ありがとうございましたー」

 丁度入れ違いに入ってきた客にまた「いらっしゃいませー」と挨拶をして、千昭は業務に戻る。
 バイトを始めてからいろんな生き物に遭うなあとしみじみしながら、今日のことを鈴美にでも話そうと決めた。


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