目覚まし時計の鳴る寸前に目を覚ました。
 音が鳴る前にスイッチを切って、少し伸びをする。あくびを噛み殺しながらのろのろと布団から抜け出して、はたと昨日のことを思い出した。
 あまり登録数のないアドレス帳の、や行の一番はじめ。そこから由花子に一つ、メールを送る。
 送信しました、と表示された画面をパチンと閉じたあと、適当に朝食を作ろうと台所に立った。
 今日は、目玉焼きとトーストでいいや。チン、と焼きあがったトーストに目玉焼きを乗せて、そのままがぶり。
 少しぱさつく口の中でもそもそと咀嚼していると、携帯の着信音が聞こえた。着いたメールを開けば、『いいわよ』との答え。
 自分もそれなりに筆不精だけど、由花子も大概簡潔だよなあとひとりごちて、千昭はグラスに注いだ牛乳に口をつけた。

 06 いとことドゥマゴ


「で、話があるんでしょ」
 杜王町で一番人気のカフェ、ドゥ・マゴにて。テーブルの真ん中に立てられたパラソルの影の下、ウェイトレスに適当な飲み物を注文したあとで由花子がそう切り出した。
 メールでは『暇ならお茶でもしよう』と送っただけなのだが、その真意はばっちりバレていたらしい。

「だってあなた、滅多に約束取り付けたりしないもの」

「ああ……」

 言われて、そういえばそうかも、と納得する。由花子と会うのは、いつも家の用事のついでか、由花子の用事があるときばかりだ。
 話があると分かっているなら、もう本題に入ってしまっても大丈夫だろう。そう思って、千昭は早々に口を割った。

「あのさ、由花子、承太郎さん知ってるだろ?」

「…………ええ」

 ぎゅ、と眉を顰めて表情の固くなった由花子に、思わず笑みがこぼれる。

「別に、怒るとかじゃないから」

 こうして由花子のしかめっ面を笑ってしまうと、そのたびに睨みつけられるのだけれど、どうにも止められない。由花子の眉が寄るのと同じく、癖なのだ、顔に力が入らないのは。

「虹村形兆、も知ってるだろ」

「…………知ってるわよ」

「オレも知り合いなんだけどさ、聞いたから。スタンドのこととか、いろいろ」

 自分と形兆、そして億泰が昔からの顔なじみであることを由花子は知らない。
 世間は狭い、を体現したようなこの人間関係。自分でも多少のおかしさを感じながら伝えてみたのだが、由花子は表情を変えないまま「…そう」と頷いただけだった。
 事も無げな様子に、おや、と眉が上がる。

「驚かないんだ」

「驚いてほしかった?」

「いや。でも驚くかと思って」

 相槌代わりに、フン、と鼻を鳴らして、由花子が足を組みなおす。

「じゃあ聞くけど、千昭くんはそれ聞いてびっくりした?」

「んー……」

「ほら」

 濁した返答を、否ととったらしい。「それなら、私だって驚かないわよ」と言う由花子に、なんとなく煮え切らない気分で、いや、と口を挟んだ。

「オレはちょっとびっくりしたけど」

「うそ」

「ほんと」

「……びっくりしたって言っても、どうせ『へーそうなんだー』って納得して終わりだったでしょ」

「……お見通しですね、由花子さん」

「ほらね」

 それは驚くって言わないのよ、と呆れたように言われて、千昭はとりあえず「そうなんだ」と頷いておいた。







 幼馴染の話、由花子の片恋の話、そして互いのスタンドの話。つらつらと続く他愛のない話を交えての会話を、「お待たせしました」との声が中断した。
 ベリーのソースがかかったフラッペは由花子の前、小洒落たカップのホットコーヒーは千昭の前に手際よく置かれた。少し混んできた店内に慌てていたのか、ウェイトレスは確認もせずに厨房へ戻って行ってしまう。
 男一人と女一人、確かに甘いものは女の方が頼んだと思われるだろうが、残念ながら、フラッペを頼んだのは千昭の方だ。
 コーヒーを由花子の方へ押し、フラッペを引き寄せようとして、ふと由花子と目が合う。
 そういえば、由花子も甘いものが嫌いなわけじゃなかったな。

「…………一口いる?」

 聞いてみれば、これまた少し呆れたような声色で、「いいわよ」と返された。
 今日は由花子によく呆れられる日だ。ちなみに答えは否、の意である。







 今年の二月、自分の鞄やポケットの異変に気づいたころ。ちょうどその時期に、由花子は形兆から弓と矢という方法を持ってスタンド能力を開花され、つい先月、その能力を使って人を傷つけたのだと、千昭は承太郎や形兆から聞かされた。
 ついでに承太郎は、矢を射られていない千昭がスタンド使いとなったのは、血縁である由花子の影響だろう、とも言っていたが、スタンドのことはよく分からないので、それはまあいいとして。

「なんか、意外だったよ。由花子が契約書?に、署名したって」

 ホットコーヒーなんか飲んで暑くないんだろうか、と思いつつ、目の前のフラッペをつつく。甘酸っぱいベリーソースがバニラのアイスと絡んでおいしい。

「…………向こうの方にあった他人の別荘、スタンドで壊しちゃったの。その賠償、持ってくれるって言うから」

「はあ、なるほど」

 金額の詳細は聞かないが、由花子一人でなんとかなる額ではないのは確かだろう。そうでなければ、自分だけで対処してしまう子だ、由花子は。

「伯母さんたちは?」

「何も知らないわよ。もともと一般人には分からないし見えないんだもの、保護者承諾なんて取ったって仕方ないわ」

「ふうん……でも、建物壊せるなんてすごいなあ。オレそういうの何もできないよ」

「……攻撃的じゃなくたって、便利だからいいじゃない」

 まーね、と相槌を打とうとして、「千昭ー?」後ろから声がかけられた。
 振り向いた先にいたのは、黒い服が二人。

「やっぱ千昭じゃねーかァ」

「億泰」

 と、仗助も。この蒸し暑い晴天の下、二人揃って学ラン長袖だ。こっちも暑くないんだろうか。

「千昭さんちっす……と、お前は何してんだよ、由花子」

 じとり、仗助が由花子に訝しげな視線を送る。というかほとんど睨んでいる。

「何よ、いとことお茶するのがそんなに悪いわけ?」

 負けじと由花子が睨み返す。座っている由花子と立っている仗助、由花子はかなり見上げる形になっているはずなのだが、乙女らしからぬ威圧感のせいでほとんどタメだ。
 やっぱ凄むと怖いなあ、と静観する千昭の横で、億泰が、ハア、と感心したように息をついた。

「マジでいとこなんだなァ……」

「なに、信じてなかったの」

「いや、そういうわけじゃねえけどよォ」

 なんかイマイチ現実味がなァ、と零した億泰に、由花子とガンを飛ばし合っていた仗助が弾かれたようにこちらを振り返る。

「ア?今なんつった?」

「いや、言おうと思って忘れてたんだけどよォ〜〜、千昭と由花子がな、いとこなんだって……」

「ハァ!?」

「オレの母さんが由花子の父さんの妹」

「ハァ〜〜〜ッ!?」

 マジかよ、と動揺する仗助に、由花子がフン、と鼻を鳴らした。

「私もさっき『いとこ』って言ったわよ。聞こえてなかったの?この脳足りん」

「ンだとコラァ!」

 また睨み合う二人。鋭い視線のかち合いからは、バチバチと火花が飛んできそうだ。なんか、そんなのを漫画で見たことがある。

「喧嘩なら、店の外でよろしくね」

「千昭〜、そこは止めるところだろォ〜」

「えー……フラッペ溶けるじゃん」

 真夏の早さほどではなくても、野外だとやはりアイスはすぐ溶けてしまう。少し固めのしゃくしゃくした感触を楽しみたい千昭は、今席を立つ気はほとほとなかった。食べ物は一番おいしいときにおいしく頂きたい。
 言われてテーブルの上の存在に気づいたのか、億泰がフラッペに目をやった。じっ、と見つめる視線はちょっと熱い。

「それうまい?」

「かなり。一口いる?」

「おー!」

 待ってました、とばかりに嬉々としてスプーンを受け取った億泰に、仗助の視線が突き刺さる。一方で、千昭は由花子にじとりと睨みつけられた。

「おめー何のん気にアイス食ってんだよボケ!」

「千昭くんのそういうところ、デリカシーないと思うわよ」

 だってよォ、と億泰、何かよく分かんないけどごめん、と千昭。
 二人の姿を見比べて、何か思うことがあったのか、仗助がぽつりと口を開いた。

「……億泰の方が、由花子よりよっぽど親戚みたいだぜ」

 その言葉に、また機嫌を悪くしたらしい由花子が少し眉を寄せる。
 一口と言いつつ二口、三口とスプーンを口に運ぶ億泰の隣で、これは機嫌をとるのが大変だなあ、と千昭はイスの背にもたれかかった。


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