きっかけ

祐巳が薔薇さまになり、瞳子がつぼみになってすぐの4月の事だった。




「剣客物、ですか?」


演劇部に所属する瞳子は6月に行われる新人公演なるものの役を聞き、多少なりとも不安を覚えた。



「無理かしら?」


不安そうな瞳子をみて部長が訪ねるが、瞳子は

「いいえ、私、松平瞳子は完璧にこなしてみせますわ!」


「そう、なら任せたわ。台本はこれよ。1週間後から合わせ始めるからそのつもりで。」

「分かりました。」

†††††


「と言うのが事の発端なのです。」

瞳子の話を聞いた祐巳はうーんと考える。

「えっと、瞳子は剣客の役をやるけど動作が分からないからどうにかしたいって事だよね?」

祐巳の問いかけに対して瞳子は頷く。


「それだったらほら、由乃さんと菜々ちゃんに聞けばいいんじゃないかな?剣道部だし」

いきなり話をふられた由乃は一瞬驚いた素振りを見せるがすぐに対応した。


「剣道部って言っても私なんてまだ教えられる側だし他の部員だって……」


「6月には大会を控えているので…」

黄薔薇姉妹は首を横に振りながら言うが菜々が何かを思い出したかのように声を発した。

「そういえば足を故障しちゃって稽古が出来ない子がいるんですけど……」


「あ、もしかして名前のこと?」


「はい。彼女なら剣客物もかじっていると思っているので、頼んでみますか?」


菜々は瞳子に訪ねると瞳子はすぐに「お願いします」と頼んだ。

「指導、ですか?」


次の日の放課後、道場の角で素振りしている名前に由乃と菜々は昨日の放課後の話を持ち掛けると名前は少し考えてから「いいですよ、私なんかでよければ」と答えた


「じゃあ館で待っているから行っちゃってくれる?」

「え、今すぐですか?」


「演劇部の台詞合わせが6日後だから早目にお願いしたいのよ。駄目かしら?」


「いえ……では行ってきます。」
それだけ言うと名前は道場から一歩出て道場に礼をして出ていく。


もちろん胴着姿のままで。

「……着替えなくて良かったんですかね」


「……戻って来るわよきっと。」


取り残された黄薔薇姉妹はそう会話した。



††††
一方胴着のまま出てきてしまった名前というと。


「着替えてくれば良かった、かな?」


館に向かいながら呟いていた。


少し歩くと見えてくるのは山百合会の活動する薔薇の館が見えてくる。

下につくと躊躇いもなくドアを開け二階に上がり、その先にあるビスケット扉の前に立つと深呼吸は二回ほどして「よし」と腹をくくりドアをノックする


そうするとすぐに「はーい」と声な聞こえた。


彼女だって一般生徒。
薔薇さまたちの前に行くのが緊張………するわけがなかった。


「どちら様ですか?」

出てきたのは日本人形……ではなく白薔薇のつぼみこと二条乃梨子さまだった。


「剣道部所属の名字名前です。黄薔薇さまから演劇部のことを聞いてこちらに参りました。」


すらすら言い切ると「……あ」っと何かを思い出したかのように中に入れてくれた。



そして。



その隣にいるのは紅薔薇さまのつぼみこと松平瞳子さま。


中の人物を一通り確認し終えると紅薔薇のつぼみが口を開いた。


「私が紅薔薇のつぼみこと松平瞳子ですわ」


と一歩前に出て自己紹介をされた。

「名字名前です」

「黄薔薇さまから聞いていると思うけど瞳子の演劇部の公演で剣客物をやるみたいだから基本的なことを教えて欲しいの」

と紅薔薇さまが言う。


「私は構いません。基本的なことならすぐに覚えられると思います。」


微笑みながら言うと紅薔薇さまのみならずみんな、顔を赤くした。



……なぜ?



†††††


それからはと言うと。


名無しさんは演劇部の台本合わせが始まるまで毎日放課後、薔薇の館に通い、木刀の手の内の確認や足捌きと言った作法を瞳子に叩き込んだ。


最初は苦戦していたがすぐに出来るようになった瞳子。
瞳子の飲み込みが早かったのか名無しさんの教え方が上手かったのか。はたまたどっちもなのか。


着実に2人の距離は縮み、仲良くなっていた。



そして台本合わせも難なくこなし、練習も順調に進み公演当日。



「瞳子さま、私はここで見ています。落ち着いてやればきっと出来ますから」


「誰に言っているんですの?私はやってみせますわ」


自信ありげに言う瞳子。

その瞳には自信以外、なにもない。


「瞳子さま、スタンバイお願いします!」


アシンスタントの一年生に呼ばれた瞳子は自分の出番になったらすぐに出ていけるよう、スタンバイする。


そして―――。



†††††
無事公演も終わり2人は帰り道、マリア様に祈りを口に捧げてから口を開いた。


「公演お疲れ様でした」

と、名前は言った。

「名前、貴女が居たからこそこうやって私は上手く演じられましたの」


瞳子は今までにないくらいの穏やかな笑みを浮かべ、それに対して名前も笑みを浮かべる。


「でも寂しいけです」


「え?」


突然言い始めた名前に瞳子はつい聞き返してしまった。


「……もうこうやって話すことも少なく…「いいえ、私と名無しさんはほとんど毎日こうやって話せますわ」……え?」

今度は名前が聞き返す番だった。


そして瞳子の行動に驚いた。


「まさか、そんな私になんか…」

瞳子の行動に何も出来ずなされるままに身を委ねる。

ジャラ…

首に掛けられたのは―――ロザリオ。


瞳子の行動に頭がついていけない名前に真っ直ぐに瞳子は見据えながら一言。

「私の妹になりなさい」


「……はい」


その光景を見ていたのは数多くの姉妹の契りを見ていたマリア様だけだった。

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