その瞬間、僕は何を掴んだのかがわからなくなった。ぶれない気持ち、はっきりとした意思をもって、彼女に触れたはずだ。しかし、自分の認識を疑いたくなるには充分すぎるくらい、触れたそこから伝わるものは、受け入れ難かった。僕の知っているそれは、温かくて柔らかくて、心を静かにしてくれるもので、こんなに冷たいものじゃない。

「やだ、いず、む……」

ひゅうひゅう鳴る呼吸の合間をねって、僕の名前を呼んだのは、僕の大好きな声だった。ああ、声の調子はいつもと違うが僕を呼んだのは紛れも無く僕のよく知る彼女で、僕が握っている小刻みに震える冷たいものは彼女の手に違いない。

「ぎゃはは、な………」

なんで。

声が震えて上手く喋れない、掛ける言葉が見付からない。頭の中が真っ白になった。固まった僕を見て、彼女が笑う。「真っ白になった、って。出夢の頭ん中が空っぽなのはいつもの事じゃん」普段の彼女ならそんなことを言い出しそうだが、目の前の彼女は弱く笑ったまま冗談の一つも言いやしない。

「困っ、たな……」

笑った声は渇いてうまく音にならないが、僕は辛うじてなまえの言葉を拾うことができた。

「何の冗談だよなまえ……」

「いやあ、困ったなぁ……、私はまだ、出夢の枷にはなりたくないのに」

こんなときに誰の心配をしているんだと、怒りさえ込み上げる。感情のコントロールが下手くそな僕は、酷い顔をしているかもしれない。

「出夢を護りたかっただけなのに」

「馬鹿言うなよ」

僕を護る?強さにおいては右に出る者がいないこの僕を?ついに頭が沸いたのだろうか。それで結果がこれなんだから、こいつは本物の馬鹿だ。

「私の為にも、その顔やめてよ……」

出夢らしくない、と言って冷たい指で頬をなぞる。それはすうと下降して、僕の服をぎゅうと握った。

「強い出夢が好きなんだから」

そんな顔は私の好きな出夢じゃないと、自分勝手なことを抜かすなまえに「黙れ」と叫ぶ。沸き上がる感情を抑えることが出来ない。冷たい手を強く握るが、温度が移るなんてことはなかった。

「出夢が好きな私のために」

「……喋んな」

「私のことは、忘れてね」

えへへ、大好き、だなんて。今まで吐かしたことのない甘い台詞を最後に、僕は一人取り残された。

この怒りも、哀しみも、悔しさも、彼女の願い通りに、僕はあっさりと手放すのだろうか。

なまえの笑顔に生気はなくとも、確かに僕の好きな彼女だったのに。




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