「きれい」

噛み付くようなキスをされた。私の下唇は、がりっという音と共に本当に噛み切られたのだが、彼に言わせれば愛情表現に違いないだろうから、キスと言っていいと思う。痛みに跳ねた私に構うことなくぐるりと這った彼の長い舌を伝って、鉄の味が口の中全体に広がった。

冗談でも何でも無く、彼はその歯でこの口で、人を食らって死に至らしめる。私の大好きな彼は彼の存在意義と同一だ。しなやかな身体のラインとか、細くて長い腕とか、骨っぽい指とか、大きな瞳とか、艶のある長い髪とか、赤くて長い舌だとか、口から覗く鋭い八重歯も……挙げればキリがない。どれもこれも彼を殺人道具に仕立て上げる為に意図的に造られたパーツなのだけれど、それを踏まえた上で私の気持ちはちっとも変わらない。

きれいだ、と思う。

人為的に造られたのだから、彼の容姿や造形に、誰かの意思が絡んでいたとしてもおかしくないけれど。

口内を犯されながらぼんやりと、そんな事を考えていた。出夢は私の唇から離れると、真っ赤な舌を覗かせてにやりと笑う。

「あー……、うっかりしてた」

本当にそれだけかよ、と突っ込みたかったがすんでのところで言葉を抑える。出夢はそう言って伸ばした指で、私の下唇をめくり、傷口から溢れる血を見てにやにやとしている。再び近付いた出夢にそれを舌でえぐられて、流石の痛みに身を引いたが、身体はがっちりと押さえられているので、彼は構わずべろりと舐めてから血を吸って、いつもみたいにぎゃははと笑った。

脆いなあんたは。

出夢はよくそんな事を漏らすけれど、私が特に脆いわけではなくて、出夢の存在が規格外なだけだ。

「ちょっと痛い」

「ちょっとどころじゃないはずだけど」

確かに。彼の言葉通り、口元の感覚が麻痺してしまうくらいには傷口は痛いし、どくどくと流れる血液は止まる気配がない。

「大丈夫、このくらい」

私と彼の、規格外の存在であるところの出夢との距離を縮めたいがための強がりは、本人にもばればれだろう。

「出夢のことが、好きだから」

「どっちの僕が好きなの?」

「どっちって?」

「僕と、僕」

空いた手を自分の胸に当てて、出夢が問う。

「僕の中身か、入れ物としての彼女か」

入れ物としての彼女とは、出夢の外見のことを指しているのだろうか?

「あんたがきれいだって思うのは、僕のどんなところ?」

「ああ……」

「あんたは僕の、身体とか、腕とか、指とか、瞳とか、髪とか、舌とかが好きなの?」

「否定はしないけれど、」

指で床をなぞりながら、出夢の脚に触れる。丈の短い拘束依から覗く太股を摩ってみても、私を見る出夢の目の色は変わらない。

「……本当のところ言うと、強さに偏った、真っ直ぐすぎる存在の割にぐちゃぐちゃに破綻している内面が好き」

「へぇ……」

「一人じゃ弱さを抱えられない、脆い出夢が好きだよ」

顎を伝って服を汚す血液を袖で拭ってそう言うと、出夢は目を細めた。内面が破綻していると指摘されても笑える出夢はやっぱりどこかがずれている。

「僕の、内面ねぇ……。果たして僕にそんな余計なものがインプットされているのかどうか」

もしかしたら全部嘘かもしれないぜ。偽物かもしれない。どこかで誰かが僕を操っているのかも。僕という生き物が他人の作品であることは間違いないからな、と自嘲する。

「偽物でも好き」

「はっ」

「今だって、」

そうやって、私にこんなことまで言わせて、それで精神を安定させようとしている───出夢のそういう、一人じゃ成り立たないところが好きだよ。

私の言葉に特に驚いたふうもなく、出夢は眉間にしわを寄せた。

「うるせえな」

「出夢は脆いね」

「お互いさまだろう」








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タイトル同一企画装飾に提出しました。






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