「阿良々木くんはいつ死ぬのかな」
「唐突すぎる!」
思った事を素直に口にしたら、彼にツッコミを入れられた。私が突拍子の無い事を呟いても、仕事熱心の彼が聞き流す事は無い、滅多に無い。机を挟んだ正面からの視線が気になったので、私もその方向へ視線を送り返すと、想像通りというのか、少し驚いた阿良々木くんの顔。
「お前は僕の最期が知りたいのか」
「知りたいかな。教えてくれるの?阿良々木くん」
「いや、僕だって知らねえよ」
「誰に聞いたら教えてくれるかな?」
「そんな事誰も教えてくれないって」
「忍ちゃんならわかるんじゃないの?」
「あいつが知ってるとは思えない」
「ふーん。……てゆうか、阿良々木くんって、死ぬの?」
「………」
暫く黙りこくってから、わからないと答えた阿良々木くんは再びノートに目を戻した。
「そっか、」
確か不死身だったよね、吸血鬼は。後遺症ってやつがどの程度残っているのかは本人にもいまいちわからないという訳だ。いつでも人間に戻る事はできるのに、春休みにだって、現に今でも人間に戻ろうとはしない彼は救いようのないお人好しだ。
そんな救いようのない人を好きな私も多分救いようがない。恋心は意識的にどうこうできるものではないのだ。
「阿良々木くんは確か、普通の人間に戻るつもりは無いんだよね?」
「ああ」
つらつらと鉛筆を動かしながら、阿良々木くんは即答した。この事に関しては、考えるまでもないらしい。考える必要は全く無いという事らしい。
なんだか胸の辺りがもやもやしてきて、少しはそれに気付いてほしくて、私は阿良々木くんの手をギュッと掴んで動きを制止した。彼の視線が再び私へ向かう。それに気付きながらも、私は触れた手と手を見つめたまま、彼の顔は見てやらない。……どんな表情をしているのだろう。わけがわからないと言った感じかな。私自身、この出所不明の煩わしさの形はわからない。過程の存在しない結果なんていうものは無い筈なんだけれど、わからないものはわからないのだ、仕方がない。
沈黙の中、頭に阿良々木くんの重みが降ってきた。前髪の隙間から顔を覗くと、彼は彼らしい無表情のままこちらを見つめる。阿良々木くんは私の無愛想な顔をずっと見つめながら、何を思っていたのだろう。……わからない。
そういえば、私にはわからない事が多過ぎる。知らない事だって多過ぎる。足りないものも、多過ぎる。どう足掻いても、阿良々木くんにとっての忍ちゃんみたいにはなれないし、羽川さんみたいに完璧にだってなれないし、戦場ヶ原さんみたいに強くなれない。考えるだけで切なくなるな、なれないものは仕方ないじゃない。
「私、3年生になってからの阿良々木くんは嫌いだ…」
「…今度は何だよ」
頬へ下りてきた手がぴたりと止まる。今度は、じゃない。ずっと思ってたんだもん。一回死んだ阿良々木くんは、急に遠い存在になって、別世界の人になっちゃって、私とは生きる世界が変わっちゃって。気付けば私の付け入る隙なんて数ミリも残っていなくて……ああもう。
どうしようもない思いを奥の奥まで押し込めて、頬に触れた手に掌を添えた。
「阿良々木くんなんてもっかい死んじゃえばいいのに」