「なまえさんて、睫毛長いですよね」

皿に盛られたパスタをくるくるとフォークに巻き付けながら、私の前に座っている少年、石凪萌太は言った。言いながらもその作業から気を逸らすつもりは無いらしく、私をちらりとも見ようとしない。彼は何処を見て私の睫毛が長いなどともらしたのか。彼の視線の先を見つめていると「いやあ、折角ご飯をご馳走してもらっているんですから、褒め言葉の1つくらい言っておいたほうがいいのかなって」と彼は続けた。口八丁にも程がある。

「でも本当、助かりましたよ。僕の空腹もそろそろ限界でして。もう少しで飢え死にしてしまうところでした。調度いいところになまえさんが居てくれてよかったです」にこにこと笑って言ったそれは、嘘でも大袈裟でも無いのだろう。彼の家庭の事情はそれ程詳しくはないが、彼が学校にも通わずに、アルバイト代だけで妹と二人分の生計を立てていることは知っている。

「本当に、感謝してもしきれませんよ、なまえさんには」そこで漸く彼は料理から視線を外し、私を見た。

「なまえさんが居なかったら、僕は今までに何回飢え死にしていたんでしょうね」

「言っても5、6回でしょ、私がご飯奢ったのって」

「7回です、7回は死にすぎですよ」

最後の一口分を口の中に放り込んで「ご馳走さまでした」と首をかくんと傾けた。さらさらの深い色をした髪が揺れる。頭を上げて私と目が合えば、目尻にシワを寄せて笑顔を作った。よく笑う子供だな、と思う。まるで苦労を知らないようにも見えるが、そんな事は無いのだろう。

萌太は、空いた皿をテーブルの端に寄せて代わりに灰皿に手を伸ばした。取り出した煙草にライターで火を付けようとしたその手に、私は自分の手を重ねた。

「ちょっとは、控えたら?」

「………ああ、」

「萌太、まだ15歳でしょ。そんなうちからそんなに吸ってさぁ……身体に悪いよって毎回言ってんのに」

彼の指からライターを奪ってテーブルの上に置く。私の動作を視線で追ってから、萌太が口を開いた。

「困ったものですよね……最初は付き合いだったのに、これが全然辞められなくて」

言葉とは反対に、全然困っていなさそうな風に見えた。

「まぁ、もとより僕みたいな人間は長生き出来ないでしょうから、大して困らないんですけどね」

「長生き出来無いって、いつ死ぬかなんて自分じゃわからないでしょ」

「わからないですけど、まぁ、なんとなく……。なまえさんの知らない所で、僕は今までそれなりに酷いことをしてきましたからねぇ」

テーブルの上にポツンと置かれたライターを眺めたままに発せられる言葉は、どこか虚しい響きを孕んだ音に聴こえた。

「年上の女の人に貢いでもらう事は、そんなに酷い事じゃないと思うけど」私がそう言えば、彼は可笑しそうな顔をして私を見た。

「僕に貢いでくれる女性なんて、なまえさんくらいですって」

「そうなの?」彼みたいな美少年になら、お姉さん方も喜んで世話をすると思うのだが。

「悪事から程遠いところにいそうな萌太が長生き出来ない理由なんて、私にはさっぱりだわ」

「さっぱりでいいです」

「なにそれ。命の恩人に隠し事とは生意気なガキね」

私が悪態をつけば彼は少し眉を下げた。今度は本当に困っている風に見えたので、それより先は言及しなかった。

「なまえさんには、感謝しているんですよ」

「さっきからそれしか言ってないけど」

「あはは、感謝はし過ぎるって事は、無いでしょう」

「なんだか感謝しかされていない、みたいで寂しい気分になってきた。他にもっと無いの?」

肘をついて溜息を吐くと、萌太は大きな目を更に大きく見開いて私を覗いた。

「僕に何を言わせるつもりですか」

「は?いや、うーん……別に深い意味は無いけど」

「寧ろなまえさんが僕に世話を焼いてくれる理由って何なんですか?僕はなまえさんに対して感謝だとか……まぁ他にも色々と抱いていますけど、なまえさんにとって僕ってただの面倒臭い子供でしか無いと思うんですけど」

「え?あー……」

突然投げ掛けられた質問に頭がこんがらがる。そんな事は今まで考えたこと無かった。

「なまえさんは、困っている他人が居れば誰にでもご飯奢ったりお金あげたりするような偽善者なんですか?」

「いや……、そんなことしてたら私の生活が成り立たなくなるよ」

「じゃあ何で僕には、こんなに良くしてくれるんです。僕的にはそこに、何かしらの感情が在れば嬉しいんですけどね」

「何かしらの、感情?」

「ええ。例えば――」

萌太は視線を斜めにやって暫く間を置いたあとに、机に手をついて顔を私に近付けた。

「僕のこと、好きとか」

「………」

「例えばですよ」

「……ああ、例えばか」

「はい、例えばです。例えば僕のことが好きならば、僕は結構嬉しいです」

「まぁ……そりゃねえ。自分に好意を抱かれて不快になるってのはあまり無いよね」

「結構っていうか、かなり」

前に屈んだ体勢をそのままに、萌太は言った。彼の顔の、整ったパーツが視界に大きく映って、私の心臓が高鳴る。
そこに特別な感情が無くとも、こんなに綺麗な顔が近くにあれば、誰だってドキドキすると、思う。多分、誰だって。

「かなり、ですよ。僕がどんな気持ちでいるかわかりますか?」

「…………うーん、多分……、わかる、けど………」

それを私の口から言うのはかなり恥ずかしいものがあると思い、私は言葉を濁した。萌太は相変わらず、笑顔を崩さない。彼のメンタルの強さを少しでいいから分けて欲しいと思う。

「へえ、わかるんですか。それは嬉しいですね」

姿勢を正して再びライターに手を伸ばした。今度はそれを止めないでおく。煙が空気を漂う。

「で、先程の質問に戻りますけど、なまえさんにとって僕って足手まといの子供に過ぎない筈なんですが、なまえさんが僕には世話を焼いてくれる理由って、何なんですか?」

空気を介して煙草のにおいが嗅覚を刺激した。こんなに綺麗な男の子が近くに居れば、誰だって、多分誰だってドキドキする筈だ。だから私のこれは何も特別な訳では無い。多分、きっと、恐らく。

暫く何も答えられないでいると、恥ずかしさが増していき、顔がほてっていくのがわかる。もうこの話は終わりにしようよと視線で訴えたが、子供は子供らしく悪戯な笑みを向けるだけだった。





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