「なに、これ」
懐かしい気持ちが湧いた、気がした。僕の精神にそんなものがインプットされているのかはわからないけれど。
人体の中身は腐るほど見てきた。それは血だとか肉だとか、赤黒くて生臭いものばかりだったから、人の体の中からこんなにも澄んだ綺麗な液体が零れることが不思議で仕方なかった。
これが涙というものらしい。ただ単純に、綺麗だと思った。
僕は知らない。
「なんで、泣いてるの?」
「わかんない」
彼女はわからない、と答えた。声が震えている。僕も、わからない。僕の知らないものばかり持っている彼女のそれらに、どう触れればいいかがわからない。
「僕、泣いてる人見るの、初めてかも」
僕が言うと、彼女はへへへと笑った。下手くそな笑顔だ。僕だったらもっと上手に笑う。
「それって僕の中にもあるのか?」
「うん、みんな持ってるよ」
「どうやったら出てくんの?」
「悲しかったり、感動したり、嬉しかったりしたら零れちゃうの」
「じゃあ僕は持って無いって事じゃん」
「そんな事ないよ」
「それは理澄のほうだから」
「だって私、みたことあるもん」
「はあ?」
何で僕の見たことないものを、お前が知ってんだよ。僕はそう思ったが、彼女曰く、僕がそれに気がついていないだけらしい。それでも僕にはよくわからない。
「出夢はわからなくていいよ」
「僕が強くなくちゃいけないから?」
「違う。出夢は今以上強くなったら駄目だから」
「泣くのは弱い事じゃないのか?」
「弱さを知ったら強くなっちゃうんだよ?」
彼女はまた、僕の知らない事を口にした。
「私が出夢に出来る事、無くなっちゃう」
彼女はまた笑った。泣きながら笑うなんて器用な事をするなと思った。僕だったらもっと上手に笑うのに。